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2017年2月26日日曜日

ラオス2017 四日目(ムアンシン)

2月9日。

7時前に目が覚める。いっこうに熱くならないお湯でシャワーを浴びてから、朝食用に買っておいた中国風の菓子をたべる。まずい。とうてい全部はたべきれない。ツアーがスタートする9時までには1時間以上あるので、バスステーションの近くの市場にもう一度出かける。市場は朝のほうが活気があると思ったからだ。

ムアンシンの市場            

市場で写真や動画を撮り、9時少し前に宿に戻る。宿には旅行者らしい欧米系の中年男性が来ており、私に「自分もツアーに参加させてくれないかだろうか」と頼んできた。費用は折半でということだった。私に異議のあるはずがない。1万円近かったツアー代金が5千円以下になる。

かくて米国ボストン出身で52歳のクリスがこの日の私のツアー同行者となった。これは私には僥倖だった。費用が半減しただけではなく、彼から多くのことを学ぶことになったからだ。

アイルランド系アメリカ人であるクリスは大学で中国語を専攻し、中国の上海やその他の都市に1年近く住む。以来東南アジア在住30年。現在はベトナムのホーチミンシティでベトナム参入を希望する欧米企業向けのコンサルティングを行っている。この30年の間、米国へ帰ったのは3、4回とか。

ラオスにも数回訪れており、ムアンシンに来たのもはじめてではない。彼は少数民族の織物や服装に興味を持っている。織物の特徴から少数民族の歴史や相互関係を解読できるのではないかというのだ。彼とガイドの会話には、モン族やアカ族はもちろん、タイルー、タイヌア、タイダム、ロロといった民族の名前が頻繁に登場し、ついていくのが難しかった。

ラオスの少数民族といえばモン族とアカ族だけしか知らなかった私。それもただ名前を知っているだけで、それぞれがどうつながり、その織物や服装にはどのような特徴があるのかなどはまったく知らない。よくぞ「少数民族に興味がある」などと言えたものだ。

もちろんクリスもしょせんは素人であり、その知識の大半は自分の足で集めたものではなく、書物から得たにすぎないのかもしれない(Textleなんとかというタイトルの大冊を持参していた)。しかし、私のような付け焼き刃とは大違いだ。

この違いは「観光」や「旅行」に対する態度にも表れている。クリスは北京の紫禁城に6日連続で通ったという。カンボジアのアンコールワットも同様に何日もかけてじっくり見学したらしい。紫禁城やアンコールワットは私も訪れた。しかしいずれも数時間ぼんやりと見て回っただけであり、知的好奇心をそそられるようなことは皆無だった。知的好奇心をそそられるには、それなりの知識と関心が前提となる。「世界遺産などには興味がない」とうそぶき、それがあたかも本物の旅であるかのように錯覚していただけだ。

クリスと一緒のこの日のツアーでは、昼食をはさんで、タイヌア、モン、タイダム、ロロ、アカの村を訪れた。集落だけでなく、学校や仏塔にも立ち寄った。矢継ぎ早にいろいろな村を見たので、私の記憶も混乱しているが、いくつかの印象的な場面を書き留めておこう。

タイダムの村だっただろうか。機織りの場に遭遇した。高校生ぐらいの少女が我々に装飾の入ったショールを勧めてくる。自分で織ったとのこと。クリスは2枚のショールを買った。1枚が確か50000キープ(約700円)だった。クリスは言う。「相場より高いことはわかっている。しかしこの少女が今後も機織りを続ける励みになれば(encourage her to continue weaving)と思って買った。」

機織りの少女

クリスは少数民族の服装のコレクターでもあり、ロロ(Lolo)族の女性の服を買いたがっていた。自分の部屋の壁に飾っておくというのだ。クリスのほしいのは観光客に売られている真新しい服ではない。女性が普段身につけているその民族固有の服だ。「古ければ古いほどよい、穴が開いているようならなおよい」と言う。

ロロ族は中国雲南省から下ってきた民族で、ラオスのほかベトナムにもいるが、その数はモン族やアカ族に比べればかなり少ない。彼らの村は今でも中国の影響が顕著で、戸口には中国風の春節の飾りらしきものが見られた。中国語を話す人もいるようだ。クリスはまず老婆と中国語で話そうとしたが、「雲南なまりが強すぎて、何を言っているのかわからない」とのことだった。

続いて訪れた家の男性とはちゃんと中国語で会話ができ、クリスは古着を購入したい旨を説明する。私もクリスの意図はわかっているから、中国語で何を言っているかおおよそ判断できた。男性は近くの別の家に我々を連れて行き、そこの家族の古着を買うことになった。上下の服に加え、帯や頭部に巻く布などを含めた一式だ。値段を決める段になって、双方に一瞬躊躇が生じた。なにしろ値段があってないような代物、いくらくらいが適当か見当が付かない。クリスは自分から進んで400000万キープ(5500円ほど)払った。ロロ族の家族は二束三文の古着が思わぬ大金になって喜んでいた。

ロロ族の古着を買う

村巡りの途中で仏塔にも立ち寄った。この仏塔には僧侶がひとりで暮らしているという。60歳くらいのこの僧侶は「こんにちは」と日本語で挨拶し、ちょっと聞き取りにくい日本語で「あなたの名前は何ですか」と尋ねてきた。

昼食は田圃の中の東屋でとった。ゲストハウスが用意した弁当で、大きな植物の葉で包まれていた。ライス、鶏肉、卵料理、野菜など。ゴマをまぶした焼き海苔や茄子の煮物がおいしかった。食事をしながら、なぜか話題はトランプ大統領に。クリスは「トランプはガキ(child)だ」と言う。これを受けて、私も「トランプのゴーストライターによると、彼のspan of attention(注意持続力)は5分ということだ」と続ける。一党独裁体制のもとにあるラオス人のガイドがこうした会話をどう受け止めたかは定かでない。

本来ならヤオ族の村も訪れるのだが、この日とその翌日はなにかの理由で外部の者は村に入れなかった。村の入口には一本の縄が張られ、何かを記した紙がぶら下がっていた。ガイド付きツアーの利点はこうした点にもある。ガイドがいなければ、村に迷い込み、トラブルを引き起こしていたかもしれない。

最後に訪れたのはアカ族の村。ここでは「お金をくれ」と手を差し出す子供が2、3人いた。しかし全体としてはのんびりとなかなか風情のある村だった。

アカ族の村

ツアーを終えてゲストハウスに戻ってきたのは午後4時過ぎ。クリスと一緒にさらに近くのお寺を見物し(お寺ではちまきに似た食べ物をもらった)、しばらく自分の部屋で休む。クリスは別のゲストハウスに宿泊していた。

お寺でもらったちまきのような食べ物

クリスとは7時に一緒に食事をすることにしていた。向かったのはメインストリートにあるCoffee Shopという看板の店。前日クリスがここで食事をして、なかなかよかったという。クリスが前日食べたのと同じ料理を頼んだが、正直なところあまりおいしくなかった。客は我々ふたりだけだった。

ビールを飲みながら、閉店の9時までクリスと話す。東南アジアの少数民族の話題から始まり、日本や中国のこと(アジア在住30年にもかからわず、クリスはまだ訪日していなかった)、米国のイラク侵攻、アラブの春に至るさまざまな話題。

クリスと出会えたことは幸運だった。自分の知識不足、底の浅さを思い知らされた。前々日、真夜中にバスから放り出され、夜行バスを利用したことを後悔したものだ。しかし、夜行バスを避けて翌日の昼のバスにしていたら、ムアンシン到着も1日遅れ、クリスと会うこともなかっただろう。まったくなにが幸いするかわからない。

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