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2020年9月19日土曜日

Vasily Grossman: Life and Fate


2020年9月16日読了
著者:Vasily Grossman
刊行(完成):1960年
評価:★★★★☆
Kindle版(1158円)
ロシアの作家Vasily Grossman(1905 ー 1964)の代表作Жизнь и судьбаの英訳版。邦訳もされており、「人生と運命」というタイトルで出版されている。しかし、この日本語版は全3冊からなり、合計で2万円近くする。ここは1000円ちょっとの英語版を選びたい。Kindleの電子ブックというのも英語版の利点だ。ロシア語の小説にありがちだが、登場人物の名前が長く複雑で、途中で誰のことなのかわからなくなることもまれではない。電子ブックの検索機能がありがたい所以だ。

Life and Fateは1942年から1943年にかけてのスターリングラード攻防を背景にした長編小説(Kindle版で870ページ)で、トルストイの「戦争と平和」にも比せられる。

1960年に完成したこの作品がロシアで出版されたのは1988年のこと。スターリン批判以降のソ連もこの作品を許容するほど寛容で自由な社会ではなかった。このことは逆にこの作品が秘めている力の証かもしれない。

物語はモスクワからカザンに疎開しているユダヤ系の物理学者一家を中心に展開される。主人公の母親はドイツ軍占領下のウクライナでユダヤ人狩りの犠牲となり、知人の女医も収容所に送られ、ガス室で絶命する。

理不尽な力はナチス・ドイツだけから迫ってくるのではない。ナチス・ドイツと戦うソ連の社会や軍の中でも国家の理不尽な力が個人を押し潰そうとする。スターリンとベリアの体制のもと、人々はたえず密告におびえ、粛清の危険にさらされる。ばりばりの旧ボリシェビキがある日突然逮捕される。ユダヤ人に対する隠微な攻撃も姿を現してくる。反ユダヤ主義はナチスだけの専売特許ではない。

物理学者の一家とその親族、同僚を語り手として場面は転変し、物語は多面的な広がりを見せる。ソ連の物理研究機関、スターリングラードの戦闘、ドイツ軍の捕虜収容所、ユダヤ人収容所、ソ連の政治犯収容所などのほか、包囲されたドイツ第6軍の司令官のPaulusの視点からの描写もある。ヒトラーやスターリンも姿を見せる。

このようにスターリングラードの攻防と当時のソ連社会を重層的に描こうとする作品ではあるが、私には若干の不満が残る。登場人物が概して立派すぎるのだ。知的レベルも高く、良心の葛藤に苦しみこそすれ、根っからの悪人は少ない。「彼女はバルザックとフロベールの違いすら知らない」と誰かが誰かを揶揄する場面があるが、当時のソ連社会でこうした会話が交わされるのはかなり例外的な家族だろう。

ポーランド、ドイツ、満州への侵攻時に略奪や陵辱の当事者となったソ連軍兵士もいるはずだ。こうした普通の兵士たちの苦しみと狂気をもくみ上げてこそ、戦争を総合的にとらえることができるのではなかろうか。

本書を読む前提知識を得るために、「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」(岩波新書・大木毅)に目を通した。これはこれでおもしろかったが、Life and Fateを読み進めるうえで、スターリングラード攻防に関する詳細な知識は必ずしも必要ではない(もちろんあるにこしたことはない)。他方、1937年のモスクワ裁判(スターリンによる粛清)や農業集団化とクラーク(富農)への攻撃、ユダヤ人医師団陰謀事件など、ソ連の歴史に関するおおよその知識は本書の理解に不可欠と言えよう。

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