2023年11月11日読了
著者:Édouard Louis
刊行:2021年
Kindle: 1478円
評価:★★★★☆
1992年生まれの若手フランス人作家Édouard Louisがこれまでに発表した作品は5つ。私はこれらすべてを読んでおり、本書を含めてそのうち3つをこのブログで取り上げている。これまでと同様、本書も非常に読みやすかった。おそらく辞書なしでも読めただろう。文章が平明なだけではない。息をもつかないような独白の流れがおもしろく、ほとんどつまずくこともなく読み進められた。本書と並行して読んでいた泉鏡花の「高野聖」と「婦系図」のほうが未知の単語も多く、一筋縄ではいかなかった。
Changer: Méthode(変わる:方法)は作者の処女作であるEn finir avec Eddy Bellegueule(エディに別れを告げて)の続編だ。「エディに別れを告げて」は、著者が地元(villageと表現されているが、これを「村」と訳するのは正確ではない。確かに田舎ではあるが、「地元」はフランス北部の工業地帯にあり、農業とは無縁。small townといったほうがぴったりする)を離れ、小都市Amiensのリセ(高校)へ入学するところで終わっている。村を出るとは、貧困と暴力が連鎖する環境、テレビと酒だけが娯楽である生活から逃れることを意味している。村を支配するmachismo(マッチョ)も同性愛的傾向持つ著者を苦しめた大きな要因だ。
Changer: Méthodeは、アミアンの高校に入った著者が周囲に合わせて必死に自分を変えようとするところから始まる。その触媒となったのがElenaという同級生の女性とその家族だ。クラシック音楽や観劇、それに読書を趣味とするElenaやその母親を模倣する著者、「変わる」こと、「(これまでの環境から)逃げる」ことに取りつかれた生活がいろいろなエピソードを通じて描かれる。
だが、やがてアミアンからも逃れ、パリに出ることが新しいobsessionとなる。そのきっかけは社会学者のDidier Eribonだ。彼の講演を聴き、その後知己を得たことから、「彼のようになりたい」という思いから逃れられなくなる。同性愛者であること、田舎の貧しさから逃れてきたことなど、両者の境遇は重なるところが多い。
筆者の逃亡願望、地元を捨て、アミアンをも捨て、別の誰かとして存在したいという想いは、エリート校であるパリのÉcole normale supérieure(高等師範学校)に入学することで現実のものとなる。
それだけにとどまらない。やがて処女作のEn finir avec Eddy Bellegueuleを発表。この作品は高い評価を受け、英語をはじめ多くの言語に翻訳されている。ここに至る過程で、同性愛者としてさまざまな階層の男性と知り合い、富豪や貴族の世界をも垣間見ることになる。30歳にも満たない身で、あまりにも多くのことを見て、経験してきたのだ。
もちろん本書は一介の青年の成功譚ではない。こうした青年を生み出したフランス社会の構造を浮き彫りにした本ともいえる。作者は自らのアイデンティティの核とも言える貧困と無知の出発点にいつも立ち返っている。しかし、その立ち返りが不十分だという感がしないでもない。本書の評価を5つ星ではなく4つ星にした理由はここにある。
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