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2015年9月20日日曜日

北朝鮮旅行2014 まとめ

北朝鮮に何度も行くのはなぜかとよく聞かれる。簡単に言えば好奇心だ。もっと立派な理由がほしいところだが、正直なところ、好奇心と答えるのが一番真実に近い。しかし、単なる好奇心なら、一度か二度行けば満たされるはずだ。5回も行くには、もっと何かがあるのではないか。その「何か」は私にもよくわからない。わからないままに、思いついた理由らしきものをいくつか挙げてみよう。

1つはノスタルジー。人々の服装はおしゃれとは縁遠く、農村では牛が田圃を耕し、都市部でもリヤカーが重要な運搬手段となっている。荷台に多くの人を乗せたバス代わりの古いトラック。ときには木炭車。ランニングシャツ1枚の男たち。移動は歩くか、自転車。水着ではなく下着姿で川で水浴びをしている田舎の子供たち。こうした風景が日本の昭和20年代、30年代に重なり、都市から遠く離れた地方で育った私の幼年時代や少年時代の記憶を呼び覚ます。もっとも、昭和の日本が急速に発展したように、北朝鮮のなつかしい光景も徐々に消えつつあることも否定できない。

ロシア人のAntonが清津とその近郊で撮影した写真を紹介しておこう。最初の写真のハングルの看板には「プリョン薬局」と書かれている。

清津の通り

自転車

川遊びする子供たち

次に北朝鮮の人たちがときおり見せる反応や表情。すべてがコントロールされ、演出されているようにみえても、自然の感情は抑えられるものではない。平壌の高麗ホテルの中、掃除係のおばさんたちが集まっている横を通り過ぎようとすると、そのうちの誰かが私に朝鮮語で話しかける。つたない朝鮮語で答える私とドッと笑う彼女たち。つくられた笑いではなく生の笑いだ。サーカスでピエロの演技に爆笑する子供たちの笑いも本物だ。「共和国にもアルコール依存症は存在するのか」という私の問いに、「そりゃ、人間ですからね」と答えたガイド。道の向こう側から「ハロー、ジャパン」と声をかけてくる2人の少女。他の国ならどうということのない瞬間が北朝鮮ではかけがえのない貴重な瞬間となる。

3つ目は朝鮮の歌舞に対する私の興味だ。新高山(シンゴサン)タリョンやセタリョン、珍島(チンド)アリランといった民謡を知ったのも北朝鮮を通じてだ。カヤグムの音もなぜか韓国のものより北朝鮮のもののほうが心に沁みる。グループツアーでは無理だが、個人で旅行する場合は、こうした音楽を聞ける場所をリクエストすることが多い。コストがそれなりにかかったとしても。

平壌のレストランで(2010年)

最後に北朝鮮の人たちに対するシンパシーがある。北朝鮮に生まれたというだけで、どうしてこれだけ苦しまなければならないのか。たまたま日本に生まれたことがそれほどまでに偉いことなのか。確かに私たちは北朝鮮の人たちの知らないことを知っている。Facebookも知っていればTwitterも知っている。マイケルジャクソンやレディガガも知っている。スマートフォンも持っているし、タブレットやPCを操作することもできる。世界のさまざまな場所に行ったこともある。気をつけなければならないのは、北朝鮮の人たちに接するとき、どうしても(今流行の言葉で言えば)「上から目線」になりがちなことだ。しかし彼らは私たちが知らない多くのことを知っている。彼らに私たちから学ぶことがあるのと同様、私たちの側にも彼らから学ぶことがあるのではなかろうか。北朝鮮の人たちと接することは、彼らの偏見を正す機会となるだけでなく、私たちの偏見を正す機会にもなるのではなかろうか。お互いを「教育」し合う可能性が少しはあるのではなかろうか。

話題を変えて、現在の状況下で北朝鮮を旅行することの是非について。旅行で北朝鮮を訪れることは金王朝の外貨収入を増やすことであり、したがってその存続を長引かせることだとする議論がある。他方で、外国人旅行者の訪朝は一種の情報の流入であり、北朝鮮社会の変化を促す要因となりうるという見方もある。何回も北朝鮮に行っている私としては後者のほうに与したいが、確たる裏付けがあるわけではない。

しかし、ポジティブにしろネガティブにしろ、外国人旅行者が北朝鮮に与える影響は微々たるものではないだろうか。北朝鮮を訪れる外国人旅行者の数は公表されていないが、年間6000人程度と推測されている。2014年に日本を訪れた外国人旅行者の数1341万人と比べてほしい。北朝鮮と人口がほぼ同じの台湾で990万人。外国人旅行者が落とすお金の増減によって北朝鮮の体制が延命したり、逆にゆらいだりするとは考えにくい。同様に、外国人旅行者が北朝鮮社会にもたらす変化もほとんど取るに足りないだろう。外国人旅行者が接触する北朝鮮人民はごく限られているうえ、その接触すら厳しい制約の中での表面的なものにすぎない。情報はもっと別の経路からどんどん入っているし、外国人の旅行者がいようがいまいが、社会は不可避的に変化していく。

私は私の北朝鮮旅行が道義的に正当化されるとは思っていないが、うしろめたい気持ちもない。私の行動が北朝鮮情勢に与える影響は皆無であるうえ、道義的な判断、道徳的な善悪には客観的な尺度がなく、結局は個々人の好悪に還元されるという考えを持っているからだ。

今回のツアーに話を移す。今回の旅ではグループツアーの利点を再確認した。最大の利点は行動の自由度だ。2人のガイドが8人のゲストを率いるわけだから、どうしても目が行き届かなくなる。この結果、地元民に直接に話しかける機会も生まれ、微妙な場所や光景をこっそりと写真に収める可能性も高くなる。1人に2人のガイドが付く個人旅行ではこうはいかない。

ツアーメンバー全員と幼稚園児たち

いろいろな国から来たメンバーと話すことができたのも大きい。中でも興味深かったのは韓国に14年滞在していたアメリカ人Scottの韓国裏話だ。Scottはソウルの弘大(ホンデ=弘益大学校)で英語を教えていただけでなく、朝鮮日報の英語版にコラムを連載し、いくつかの韓国ドラマにも外国人役で登場している。同じ外国人役でも、西欧や米国の出身者に比べロシア人のギャラは安いらしい。低予算のドラマではおうおうにしてロシア人が使われる。ケネディ夫妻役のカップルがロシア訛りの英語をしゃべるということもあったとか。私は「ナンパ」や「プー太郎」を意味する韓国語の俗語を彼から教わった。

コスト面の利点が大きいことは言うまでもない。1人や2人の個人旅行はかなり高くつく。どんなに少人数でもガイド2人にドライバー1人が付くから、これは当然だろう。現在、中外旅行社やセブンオースリー(307)はグループツアーを表だっては募集していない。おそらく経済制裁の余波だろう。したがって、日本の旅行会社を通してグループで行こうとすれば、自分でメンバーを集めるしかない。北朝鮮に行きたいという人がそう多くいるはずもなく、ハードルが高すぎる。欧米系のKoryo ToursやYoung Pioneer Toursが募集しているグループツアーに参加する選択肢もあるが、こちらはこちらで英語というバリアーがある。こと北朝鮮へのグループツアーに関しては残念な状況だ。

この旅のスライドショーを貼り付けておこう。


背景にはカヤグムの音楽を集めた。最初の曲は바다의노래(パダエノレ=海の歌)。上に挙げた平壌のレストランの動画と同じ曲だ。

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