7月18日。
台風5号が接近しているため今日は暴風雨の予報だが、目が覚めたときには雨は降っていなかった。念のために伊江島行きフェリーの運行状況をネットで調べるが、全便欠航に変わりはない。万一運行していたとしても、島に渡って帰れなくなったらたいへんだ。那覇に戻るしかない。
那覇行きのバスは7時57分に座喜味の停留所に来る。オーナーは不在だから、鍵を部屋に残したままゲストハウスを出る。外は風は強いが、雨は降っていない。
伊江島行きをあきらめたため、今日から那覇で4泊することになる。宿は那覇の松山にあるホテルブライオンを予約した。初日に泊まったホテルランタナと同様、最寄りの駅は美栄橋だが、国際通りとは逆の側にある。
那覇バスターミナルに着いたのは9時過ぎ。台風の予報にもかからず、曇天のもと雨はまだ降っていない。ホテルにチェックインするには早すぎる。南風原(はえばる)町にある陸軍病院の跡を訪れることにした。南風原陸軍病院壕は一般に公開されており、ガイドの案内で内部を見学できる。都合よく南風原町行きのバスはこのターミナルから出る。
南風原に行く前にやっておきたいことがある。バスターミナルから歩いて5分ほどの沖縄バスの本社に立ち寄り、「おきなわワールドと南部戦跡巡り」ツアーの予約を変更することだ。明後日の20日にこのツアーを予約していたのだが、1日早く那覇に帰ってきたことから、これを明日のツアーに変更したい。
沖縄バスのツアー予約を変更し、ターミナルからバスに乗り20分余り、陸軍病院壕のある南風原町役場前に11時ごろに到着した。到着直前からバスの窓を雨だれがポツリポツリと叩きはじめた。バスを降りたとたん、雨脚が突然強くなった。風も強い。台風の風だ。広げた傘の骨がたちまち折れてしまう。
「役場前」というからには役場があるはずだ。雨に濡れながら大急ぎで大きな建物を目指すが、役場ではなく小学校だった。なにはともあれ、小学校の軒下でリュックからビニールの雨ガッパを取り出す。
役場は道路を挟んで小学校の向かいにあった。陸軍病院壕の情報を得るために役場に入った。役場の中は結構広い空間だが、フロントのデスクに1名の女性、その奥に1名の男性、2人しかいない。どちらも沖縄風のアロハシャツ(?)を着用している。
陸軍病院壕は南風原文化センターの管理下にあることは知っていた。 文化センターは役場から200メートルほど離れているとのこと。雨の中、文化センターに向かって役場を出る。「雨が止むまでここで待っていたらどうですか」の声がかかったが、いつ止むかわからないものを待つわけにはいかない。
雨ガッパの効果もなくびしょ濡れなりながら、文化センターにたどり着く。受付の女性が陸軍病院壕に電話で連絡してくれた(本来なら予約が必要)。
「飯上げの道」(ふもとの炊事場で調理された食料を病院まで運ぶ道)をたどり、7、8分かけて小金森と呼ばれる丘を越えれば陸軍病院壕20号だ。いくつもある壕のうちこの20号が一般に公開されている。
壕の入口には男性1名と女性2名が詰めていた。男性は管理人で、女性はガイドらしい。入場料の300円を払い、ヘルメットと懐中電灯を渡される。女性ガイド1名の案内で壕に入る。天井は低く、床には水が溜まっている。この壕は自然のガマを利用したものではなく、ツルハシやシャベルを使って人の手で掘ったものだ。
壕の中には多くの傷病兵が詰め込まれ、医薬品が不足する中、麻酔なしで手術が行われたという。米軍の空からの攻撃にさらされながら「飯上げの道」を往復し、看護にあたっていたのは沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高女の教師・生徒からなるひめゆり学徒隊だ。
壕の中を探索したのは10分余り。入口に戻ると、お茶とお菓子が用意されている。しばしの雑談。「訪問者の大半は私のような年配者ですか」の問いに、「いや、結構若い人も来ますよ」とのことだった。
文化センターに戻る。幸い雨は小降りになっている。文化センターでは沖縄戦や南風原町の歴史に関する資料を展示している。こちらも入場料は300円。飯上げのレプリカから始まり、沖縄の戦後の様子で終わる展示だ。南風原からの移民や南風原の戦没者に関する資料もあり、なかなか見応えがあった。
小雨の中、文化センターをあとにし、那覇行きのバスを待った。バスの本数は多くない。30分以上待ったうえ、ようやく旭橋のバスターミナルに戻ってきた。
ゆいレールで旭橋から美栄橋に移動し、ホテルブライオン那覇にチェックインする。朝食付きで4泊21600円。1泊5000円強。値段の割には立派なホテルだ。
部屋で一休みし、外に出たときにはすでに4時を過ぎていた。幸い雨は止んでいる。美栄橋の食堂に入り、遅めの昼食(というか早めの夕食)をとった。沖縄にいるときはできるだけその土地特有の料理を食べたい。ということで豆腐チャンプルーを選んだ。680円。まずくはないが、まあ値段相応か。
食後しばらくぶらぶら散策し、コンビニで若干の食料を買い込んで宿に戻る。雨に濡れた体をゆっくり休めたい。明日のツアーは8時30分発。8時15分に沖縄バスの本社に集合することになっている。
台風5号が接近しているため今日は暴風雨の予報だが、目が覚めたときには雨は降っていなかった。念のために伊江島行きフェリーの運行状況をネットで調べるが、全便欠航に変わりはない。万一運行していたとしても、島に渡って帰れなくなったらたいへんだ。那覇に戻るしかない。
那覇行きのバスは7時57分に座喜味の停留所に来る。オーナーは不在だから、鍵を部屋に残したままゲストハウスを出る。外は風は強いが、雨は降っていない。
伊江島行きをあきらめたため、今日から那覇で4泊することになる。宿は那覇の松山にあるホテルブライオンを予約した。初日に泊まったホテルランタナと同様、最寄りの駅は美栄橋だが、国際通りとは逆の側にある。
那覇バスターミナルに着いたのは9時過ぎ。台風の予報にもかからず、曇天のもと雨はまだ降っていない。ホテルにチェックインするには早すぎる。南風原(はえばる)町にある陸軍病院の跡を訪れることにした。南風原陸軍病院壕は一般に公開されており、ガイドの案内で内部を見学できる。都合よく南風原町行きのバスはこのターミナルから出る。
南風原に行く前にやっておきたいことがある。バスターミナルから歩いて5分ほどの沖縄バスの本社に立ち寄り、「おきなわワールドと南部戦跡巡り」ツアーの予約を変更することだ。明後日の20日にこのツアーを予約していたのだが、1日早く那覇に帰ってきたことから、これを明日のツアーに変更したい。
沖縄バスのツアー予約を変更し、ターミナルからバスに乗り20分余り、陸軍病院壕のある南風原町役場前に11時ごろに到着した。到着直前からバスの窓を雨だれがポツリポツリと叩きはじめた。バスを降りたとたん、雨脚が突然強くなった。風も強い。台風の風だ。広げた傘の骨がたちまち折れてしまう。
「役場前」というからには役場があるはずだ。雨に濡れながら大急ぎで大きな建物を目指すが、役場ではなく小学校だった。なにはともあれ、小学校の軒下でリュックからビニールの雨ガッパを取り出す。
役場は道路を挟んで小学校の向かいにあった。陸軍病院壕の情報を得るために役場に入った。役場の中は結構広い空間だが、フロントのデスクに1名の女性、その奥に1名の男性、2人しかいない。どちらも沖縄風のアロハシャツ(?)を着用している。
陸軍病院壕は南風原文化センターの管理下にあることは知っていた。 文化センターは役場から200メートルほど離れているとのこと。雨の中、文化センターに向かって役場を出る。「雨が止むまでここで待っていたらどうですか」の声がかかったが、いつ止むかわからないものを待つわけにはいかない。
雨ガッパの効果もなくびしょ濡れなりながら、文化センターにたどり着く。受付の女性が陸軍病院壕に電話で連絡してくれた(本来なら予約が必要)。
「飯上げの道」(ふもとの炊事場で調理された食料を病院まで運ぶ道)をたどり、7、8分かけて小金森と呼ばれる丘を越えれば陸軍病院壕20号だ。いくつもある壕のうちこの20号が一般に公開されている。
飯上げの道
壕の入口には男性1名と女性2名が詰めていた。男性は管理人で、女性はガイドらしい。入場料の300円を払い、ヘルメットと懐中電灯を渡される。女性ガイド1名の案内で壕に入る。天井は低く、床には水が溜まっている。この壕は自然のガマを利用したものではなく、ツルハシやシャベルを使って人の手で掘ったものだ。
壕の中には多くの傷病兵が詰め込まれ、医薬品が不足する中、麻酔なしで手術が行われたという。米軍の空からの攻撃にさらされながら「飯上げの道」を往復し、看護にあたっていたのは沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高女の教師・生徒からなるひめゆり学徒隊だ。
壕の入口
壕の中
壕の中を探索したのは10分余り。入口に戻ると、お茶とお菓子が用意されている。しばしの雑談。「訪問者の大半は私のような年配者ですか」の問いに、「いや、結構若い人も来ますよ」とのことだった。
文化センターに戻る。幸い雨は小降りになっている。文化センターでは沖縄戦や南風原町の歴史に関する資料を展示している。こちらも入場料は300円。飯上げのレプリカから始まり、沖縄の戦後の様子で終わる展示だ。南風原からの移民や南風原の戦没者に関する資料もあり、なかなか見応えがあった。
飯上げの再現
壕内での手術
南風原と沖縄戦
移民
小雨の中、文化センターをあとにし、那覇行きのバスを待った。バスの本数は多くない。30分以上待ったうえ、ようやく旭橋のバスターミナルに戻ってきた。
ゆいレールで旭橋から美栄橋に移動し、ホテルブライオン那覇にチェックインする。朝食付きで4泊21600円。1泊5000円強。値段の割には立派なホテルだ。
ホテルブライオン那覇
部屋で一休みし、外に出たときにはすでに4時を過ぎていた。幸い雨は止んでいる。美栄橋の食堂に入り、遅めの昼食(というか早めの夕食)をとった。沖縄にいるときはできるだけその土地特有の料理を食べたい。ということで豆腐チャンプルーを選んだ。680円。まずくはないが、まあ値段相応か。
豆腐チャンプルー
食後しばらくぶらぶら散策し、コンビニで若干の食料を買い込んで宿に戻る。雨に濡れた体をゆっくり休めたい。明日のツアーは8時30分発。8時15分に沖縄バスの本社に集合することになっている。
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