1月16日
明日は洋上運動会ということで、生まれた月を基準に赤、青、緑、黄の団に分かれ、応援練習などが進行している。私は黄組に属するが、この種のことへの興味はほとんどない。今日も引きこもり気味の1日を過ごしてしまった。といって読書が進行したわけではない。
1月17日
快晴。絶好の運動会日和。9時過ぎに始まった運動会はなかなかの盛り上がり。私は午前中と午後に、それぞれ1時間ほど見物するにとどめた。みずから参加した競技はない。
運動会
綱引き
1月18日
日本と洋上をZoomでむすんだオンライン飲み会を敢行。日本時間の午後6時。こちらの時間は朝の7時。いろいろトラブルがあったが、なんとか2回のセッションを完了した。14階のビュッフェの様子や海上の景観を紹介したかったが、どこまで成功したかは不明。
午後、医務室で絆創膏の交換。これで一応治療を終了し、あとは自然の経過にまかせることになった。
1月19日
いくつかのイベントに参加。セネガル出身、日本在住のジュンベ(アフリカの打楽器)奏者ラティール・シーさんの本船最後のコンサートもあった。
ジュンベと弦楽のコラボ
1月20日
明日はいよいよブラジルのリオデジャネイロ。1つ2つのイベントに参加したあと、部屋の中で無為に過ごしてしまった。
1月21日
船は午前7時ごろにリオデジャネイロに着岸した。
リオに着岸
11時半にリオデジャネイロ観光のツアーに出発。まず向かったのは、ピラミッド形の大聖堂(カテドラル・メトロポリターナ)。
続いてさっそく昼食の席に向かう。といっても時刻はすでに2時を過ぎている。炭火焼きを売り物にしている大きなレストランは100名以上のピースボートのツアー客で埋め尽くされていた。
炭火焼きの肉はおいしかったが、そのおいしさは「味の濃さ」からくるものだった。
レストラン
肉料理
腹もいっぱいになったところで、このツアーのハイライトであるボン・ジ・アスカール(シュガー・ローフ)に向かう。これは半島に突き出た奇岩で、頂上からリオデジャネイロを一望できる。
頂上に達するにはケーブルカーを乗り継がなければならない。最初のケーブルカーに30分以上、次のケーブルカーにも30分以上、それぞれ列に並んで待機しなければならなかった。35℃に達するリオの夏のもと、喉が渇き、疲れがたまる。
頂上からの眺めはすばらしかったが、それよりも「疲れた」というのがツアー一行の正直な感想だった。
リオを一望する
疲れた一行を乗せたバスは、延々と続くコパカバーナ海岸沿いに走り、セラロンの階段に至る。階段を写真に収め、帰船の途についた。
船内に戻ったときには8時半を過ぎていた。喉の渇きをいやすために、マダガスカルで買った500mlのビールの缶を空けた。
今日一日、リオの街を丘の上から眺め、車窓から垣間見た。もちろん、これではリオを知ったことにはならない。地面に足をつけ、自分の足で歩き、電車などの公共交通機関を利用し、道行く人々とふれあってこそ、街の「空気」を感じ、街を「見る」ことができるだろう。バスの中の一日ではとうてい足りない。
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