4月25日
ダイビングやシュノーケルといったアクティビティを除けば、パラオの観光はごく限られている。今回の旅の主な目的はペリリュー島の戦跡巡りであり、これを2日前に終えた今、特にすることはない。パラオの歴史を知るために、博物館にでも行ってみるか。
11時ごろにホテルを出て、ベラウ国立博物館を目指す(「ベラウ」はパラオを意味する現地語)。博物館はメインストリートから外れており、少し迷った。迷っていると、大きな家の中庭にいた2人の中年のパラオ人男性から「ダイジョーブ?」という声がかかる。博物館へ行きたいことを伝える。「ミギ」、「ヒダリ」といった日本語を交え、英語で行き方を説明してくれる。「カキ」に沿って行けばいいとのこと。「カキ」とはfenceの意味らしい。彼らは日本語の単語を知っているだけで、日本語がしゃべるわけではない。
「カキ」に沿って行き、博物館にたどり着いた。入場料の15ドルを払って中へ入る。パラオの歴史が時系列的に展示されている。私にとって興味があるのは、日本統治時代のパラオだ。統治時代のパラオ住民の手記もいくつか展示されており、そのなかには「日本の軍人に理由なく殴られた」というものもあった。「親日国」だけでは済まされないパラオの歴史の一部だ。
ベラウ国立博物館
昼食はメインストリート沿いの中華料理店でとった。炒飯、豚肉、トマトと卵の炒め物、スプライトで13ドル。物価高のパラオにしては安いが、おいしさはいまひとつ。こんなことなら、博物館に付設されていたカフェ・レストランにすればよかったと後悔。
中華で昼食
ホテルへ帰って一休みしてから、6時ごろ再度外出。メインストリートをPalau Hotelとは逆の方向に足をのばす。日没の海を見ながら橋まで行き、引き返す。
日没の海
ここらあたりには高級レストランもあるが、私にとっては選択外。小ぎれいな台湾料理の店を見つけて入る。「美人魚餐廳」という名前のレストランだ。円卓が多く、ひとりで食事するにはあまり向いていそうになかったが、ともかく炒飯と台湾ビールを注文した。炒飯のボリュームにびっくりした。ゆうに3人分の量だ。半分以上は平らげたが、残りは持ち帰りにした。21ドル。クレジットカードは使えなかった。
4月25日
昨日持ち帰った炒飯を朝食とする。今日は帰国日。10時50分発のユナイテッド航空の直行便で成田に帰る。7時45分に小型バスが宿まで迎えに来てくれる。
パラオ国際空港
出国とフライトはスムーズに進行し、定刻より早めの15時過ぎに無事成田に到着した。
若干の感想
今回の旅を一口で要約すれば、「国内旅行の延長」だ。空港、ホテル、レストランでは英語よりも日本語を使う機会が多かった。旅の主要な目的であったペリリュー島戦跡ツアーは日本語ツアーであり、参加者も全員が日本人だった。
「国内旅行の延長」とは現地の人たちとの接触が限られていたということにほかならない。パラオ人は概してフレンドリーで、向こうから「ハロー」と声をかけてくることも多かったが、じっくりと長く話す機会には恵まれなかった。レストランのウェイトレス、ツアーの受付とは多少言葉を言葉を交わしたが、彼女たちはすべてフィリピン人だった。
ペリリューという名前だけは知っていたが、第二次大戦におけるその位置や背景、経緯についてはまったく知らなかった(パラオ入国の直前に文春新書の「ペリリュー玉砕」を読んだくらい)。戦跡ツアーはペリリュー島の戦いを知るいいきっかけとなった。ツアーに参加できたのはラッキーといえる。早めに申し込んだとしても、催行人数に達しないケースもある。確実にツアーに参加するには、日本の旅行会社のパッケージ・ツアーに申し込むのがベストかもしれない。値段も個人旅行とそう変わらない。
南太平洋にはパラオのほかに、ツバル、ニウエ、ナウル、キリバスなどの小国がある。これらの国への興味もないわけではないが、アクセスの難しさやコストを考えると、当面は行けそうにはない。パラオに行けたことで満足しておこう。メインストリートから外れたところで撮った動画をひとつをアップしてこの稿を終えたい。
パラオを歩く
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