よろしければクリックしてください。
にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ
にほんブログ村

2026年9月26日土曜日

Edouard Louisの2作品 Monique s'évadeとL'effondrement

著者:Edouard Louis DEEE

刊行:2024年

評価:★★★★★

Kindle版(1320円)

2026年9月1日読了






著者:Edouard Louis DEEE

刊行:2024年

評価:★★★★★

Kindle版(1320円)

2026年9月23日読了

Edourard Louisの小説はそのほとんど(すべて?)が自らの体験に基づく「私小説」だ。2024年に刊行されたMonique s'évade(モニック、逃げる)とL'effondrement(瓦解)も同様で、前者は母親(Monique)の自立と自由への脱出、後者は兄の死を題材としている。

前作のQui a tué mon père(誰が父を殺したか)は自身の父親、Combats et métamorphoses d'une femme(ある女性の戦いと変身)は母親を扱っている。私はこれらのすべてを読んでいる。

Edourard Louisの小説の熱心な読者である理由は、なによりもまずその読みやすさにある。いづれも100ページ余りと長くなく、平明なフランス語で書かれている。私のフランス語力をもってしても、ほぼ辞書を参照することなく、どんどん読み進めることができる。

今回読んだMonique s'évadeは、2021年に発表されたCombats et métamorphoses d'une femmeの続編であり、著者の父親を追い出して「変身」した母親(Monique)がパリで一緒に住み始めた男から逃げる話しだ。この男もまた時間の経緯とともに酒と暴力で女性を苦しめる本性を露わにした。著者とその姉は母親を助け、小さな町に移住させる。50代になってはじめてひとりで住み始めた母親。ひとりになったことで自立と自由を実現できるかどうか、そもそも息子や娘に依存している生活がほんとうの意味で自立かどうかは疑問が残る。

「本性を露わにした」と書いてしまったが、男と一瞬邂逅した著者はその男の弱々しい姿に驚き、「この男もまた社会の構造の犠牲者ではないか」と述懐している。

L'effondrementは著者の兄の死を巡る物語だ。アルコール依存症の末、38歳で死亡した兄。兄は母親の初婚時の子供であり、著者とは父親が異なる。年齢も10歳ほどの差がある。

著者は兄とは10年近く会っておらず、死の知らせを受けたときにも、悲しみはもとより、何の感情も沸き上がらない。

にもかかわらず、兄がどんな存在だったのかを探るべく、兄と関係のあった女性たちとオンラインで連絡をとる。そこから浮かび上がってくる兄は、普段は”gentil”(優しい)だが、酒が入ると暴力的になり、手に負えなくなるという像だ。しかもいったん飲みだすとやめることができない。実の父親から会うことを拒否され、「誰からも愛されていない」と思い込むに至った兄。こうした思い込みが兄をアルコールに走らせたのか、それともアルコールがこうした思い込みを生み出したのか。

著者は最後に、まだ自分には知られていない兄の一面があるのではないかという疑念を述べてこの作品を終わる。

どちらの作品とも、わかりやすい叙述の流れの中に鋭い考察が組み込まれており、読み応えがあった。


2026年9月4日金曜日

対馬・釜山2026 八、九日目(対馬最後の日)

 8月26日

8時に朝食。今日は1日空いているが、腰の状態からして歩き回る気にはなれない。11時過ぎにホテルを出て、スーパーを一瞥したあと、対馬博物館と朝鮮通信使歴史館を目指す。

対馬博物館は無料のエリアと有料(550円)のエリアがあった。無料のエリアだけを見学したが、見るべきものはほとんどなかった。

博物館のヤマネコ


朝鮮通信使歴史館は博物館から歩いて4分。歴史館の横には「通信使の碑」が建造されている。入場料220円。入場料に見合って規模は小さい。釜山から対馬を経て1年がかりの道行きでは日本各地で見物人が群がったらしい。

記念碑


昼食用の海鮮丼とお茶(併せて600円強)を購入してホテルへ戻る。腰は相変わらずかんばしくない。 5時前にホテルを出て、動画を撮りながらぶらぶらする。

8時前に「お多幸」という居酒屋に入る。見かけは小さいが、中に入ると、結構大きなテーブルが3つ4つあり、満席に近い。カウンター席に案内され、生ビール(中)、ロースカツ、海鮮チジミを注文。併せて2900円。

お多幸


ビール、カツ、チジミ


隣席に青年が案内されてきた。韓国人と思いきや、なんと中国人。上海出身でミュンヘンに留学中の20歳の郭という若者。日本には何回も来ており、宮津、舞鶴、鳥取にまで足をのばしているという。次の目的地は青森。雪を見るのが目的とのこと。私の北朝鮮旅行、中国のネット規制などについても話す。

郭青年と私


カウンター席には2人の韓国人美女も座っていた。韓国語で「学生か」と訊くと笑って否定する。彼女たちはlawer(弁護士か?)で、なんと40歳とのこと。20代にしか見えない。郭君も彼女たちも私も全員東横INNの宿泊客だった。

郭君と一緒に居酒屋を出ると雨が降っていた。今回の旅で遭遇するはじめての雨。

居酒屋での出会いで腰の不調を忘れるほどの愉快な時を過ごすことができた。

8月27日

対馬を離れる日。8時過ぎに朝食をとり、9時半のバス(710円)で対馬やまねこ空港に向かう。

12時5分に対馬を飛び立ち、長崎空港で4時間半の待ち合わせを経て、6 時に大阪伊丹空港に到着した。対馬・釜山旅の終わり。

若干の感想

今回の旅は直前の腰痛の発生によって大きく影響された。私の旅の基本スタイルは「歩く」だ。歩きづらさのせいで、対馬でも釜山でも行きたい場所の半分も行くことができなかった。

こうしたハンディキャップにもかかわらず、対馬も釜山も行く価値は十分にあった。大勢の韓国人観光客が対馬を訪れていることは知っていたが、その数は予想を上回っていた。韓国人観光客とそれを迎え入れる対馬の住民。過去には若干の軋轢もあったようだが、私の見た限り両者の関係はスムーズにいっているように見えた。

コロナ前に何回か訪れた釜山の変化も興味深かった。いまや立派な大都会だ。

今回は合計8泊の宿泊のうち、6泊が東横INNになってしまった。これはあまりにも芸がない。対馬には東横INN以外にも数多くの宿があるが、Booking.comで検索すると3つしか上がってこない。歩くのがおっくうだったことに加え、これも東横INNに偏ってしまった一因だ。

この腰痛が一過性のものであることを願っている。思う存分に歩けるようになったら、対馬と釜山を同じ行程で再訪してみたい。どちらも再訪に値する。

2026年9月3日木曜日

対馬・釜山2026 七日目(再び厳原へ)

 8月25日  

今日はバスで厳原へ移動する。7時半に朝食をとり、10時にチェックアウト。タクシーを呼んでもらってバス乗り場のある比田勝港までいく。タクシーの運転手は昨日ホテルまで来たときと同じだった。「韓国人観光客がいなければ対馬はやっていけない」とのこと。

バスを待っているとき、釜山から来た若い女性2人と会話。英語での会話だが、ときおり韓国語を混じえた。対馬は韓国語では「テマド」と呼ぶことを確認した。「テ」は「対」、「マ(ル)」は「馬」、「ド」は 「島」だ。

バスは11時40分に出発。チケットは1040円で購入した1日乗車券。整理券で支払う路線バス方式だと3400円超になる。

比田勝から厳原まで対馬を縦断する2時間半のバス旅はなかなか興味深かった。あらためて対馬は山の島であることを実感した。森とトンネルをいくつも越え、ところどころに小さな集落が存在する。

バスの中から

2時15分ごろに厳原に到着した。2泊を予約してある東横INN厳原にチェックインする前に遅目の昼食をとることにした。バスが到着した観光情報館の建物の中にある「つしにゃんキッチン」という食堂に入り、「お魚プレート」を注文。刺身と穴子カツがメインのプレートで、1800円。

お魚プレート


東横INN厳原にチェックインし(2泊で16231円)、体を休める。午前中は調子がよく、快方に向かうかと期待していた腰がまた昨日と同じ状態になっていた。

夕方、ホテルを出て、目の前にある対馬市交流センター内のマックスバリュというイオン系のスーパーを覗く。大きなスーパーだが、弁当の類いはほぼ売り切れていた。

マックスバリュ


日の暮れた厳原を居酒屋を求めて歩き回るが、いずれの店にも入る決断がつかず、ファミリーマートでのり巻きを買って宿に帰った。


2026年9月2日水曜日

対馬・釜山2026 六日目(比田勝へ)

 8月24日

Star Lineの対馬・比田勝港行きフェリーは9時10分に釜山を出る。8時にはターミナルへ来るようにとのことなので、7時過ぎに朝食キッチンへ行く。昨日の韓国系米国人女性と白人の米国人、それに東洋系の若い女性(フィリピン人だった)が食事中だった。白人は若いころにドイツから米国に移住してきたとのことで、ドイツ語でも少し会話した。韓国系米国人女性は1から10までを日本語で数えることができた。母親から教えてもらったとのこと。

釜山駅を経由してフェリー・ターミナルまで歩く。20分もかからなかっただろう。

チェックイン、保安検査、出国審査はスムーズに進行した。ここでも日本人は私だけのようだ。船は定刻どおりに釜山を離れ、穏やかな海の上を進んでいく。

フェリー、釜山港を出る


1時間10分ほどの航行のあと、比田勝港に到着。今日はここに宿泊する予定なので、宿をきめなければならない。港周辺を3つ4つあたってみたが、すべて満室。この小さな漁村にあれだけの数の韓国人が下船したのだから当然かもしれない。結局、Booking.comで見つけた東横INN比田勝を予約した(7400 円)。

比田勝港到着


東横INNの問題は港から2.5Kmの距離にあること。歩くと37分かかる。腰の状態が普通なら歩けないこともないが、今はタクシーを利用するしかない。

東横INNに行く途上、港から4分ほど離れた場所に「いのもと」 という食堂がある。この食堂は以前からYoutubeで知っていた。

いのもと食堂


対馬でぜひ立ち寄りたかった食堂だ。注文したかったお魚定食は「12時過ぎには売り切れになってしまうんですよ」とのことでかなわず、天丼にした(1200円)。

Youtubeで見たことを女性に女性に告げる。女性は親切で、東横INNまでのタクシーを呼んでくれた。

タクシーで東横INNに到着(1050円)。チェックインの3時までロビーで待つ。ホテルから海辺を見渡す景観はすばらしいが、周辺には飲食店もコンビニもない。幸い、夕方6時から8時まで無料でカレーライスが提供されるとのことで助かった。

今日は腰の状態がいつもにましてひどかった。

東横INN対馬比田勝

無料のカレーライス

2026年9月1日火曜日

対馬・釜山2026 五日目(休養日のはずが...)

 8月23日

腰の調子がいっこうによくならないので、今日は外出を最小限に抑え、ホテルに閉じこもるつもりだ。

8時ごろに朝食キッチンに行く。

朝食キッチン


このホテルは朝食付となってるが、ちょっと特殊だ。朝食キッチンは午前6時から午後10時までオープンしており、その間いつでも利用できる。用意されているのは、コーヒー、トースト、卵、それにインスタント・ラーメン。つまり、夜食のラーメンに無料でありつけるわけだ。

朝食キッチンには先客がいた。60代くらいの韓国系米国人の男女と白人の米国人。韓国系米国人の男性はもともと全羅南道の出身で、10代のときに米国に渡ったという。北朝鮮に行ったときの体験を披露する。

今日は休養日のつもりだが、少しは外に出てみたい。比較的近い繁華街の西面に行くことにした。

釜山駅から地下鉄で3つか4つ、西面で下車。案内板に「西面市場」という表示があったので、道を尋ねながらその方向に行ってみた。しかしそれは小さな店が並んだただのストリートで、市場にはほど遠い。

西面市場

食堂に入り、テジクッパ(豚肉のクッパ)を注文。10000ウォン。2時過ぎにもかかわらずほぼ満席の人気店みたいだったが、それほどおいしいとは思わなかった。これは、ご飯をスープの中に入れずに別々に食べてしまった私の食べ方に問題があったのかもしれない。

テジクッパ

歩くのがおっくうになるほどに腰の調子が悪くなったので、西面の探索を中止し、ホテルに帰ることにした。

昨日と同じコンビニで夕食用のトンカツ・キンパを購入(390ウォン)。

休養日のはずが、今日も約8000歩を歩いた。



2026年8月31日月曜日

対馬・釜山2026 四日目(宿を替わる)

 8月22 日

8時前に朝食。10時にチェックアウト。11時過ぎまでロビーで作業をしてから、バスで釜山駅へ向かい、予約してあるBusiness Hotel  Busan Stationを探す。

ホテルはすぐに見つかり、即座にチェックインが可能だった。腰が不調で休息を必要としていただけに助かる。

Business Hotel  Busan Station


このホテルには対馬に帰るまで2泊することになる。朝食付きで1泊6000円ちょっと。東横INNよりちょっと安い。部屋は広く、浴槽もある。釜山駅の至近という立地も申し分ない。

1時過ぎにホテルを出て、地下鉄でチャガルチ駅へ行く。目的は国際市場だが、昨日訪れて納得がいかなかったチャガルチ市場も再訪したい。

チャガルチ市場は昨日と同様、数年前の記憶とは合致しなかった。人に尋ねながら、海産物市場にも行って見たが、印象は変わらなかった。

海産物市場

チャガルチから歩いて国際市場へ向かう途中、年老いた女性の誘いにのって、チジミの食堂に入る。注文したのは、海鮮チジミ(ヘムル・パジョン)とビール。何年も前にソウルを訪れた際には、海鮮チジミとマッコリの組み合わせをよく注文したものだ。マッコリ1本はちょっとヘビーなので、今回はビールにした。懐かしの味を堪能できて満足。ビールと併せて20000ウォン。

海鮮チジミとビール


食堂から国際市場まではすぐそこ。アーケードの入口に「国際市場」という標識があるので間違いない。だが、衣類、鞄、雑貨などの店ばかりで、飲食店は見当たらない。国際市場も何年も前に訪れているが、「こんなだったのかな」という違和感は拭えない。

腰の調子がひどくなり、数分歩くたびにガクッとなる。ホテルに帰って休みたい。タクシーで帰ることも一瞬考えたが、バスを利用することにした。

釜山駅に到着。腰の辛さを我慢して駅前のチャイナ・タウンを探索することにした。ここにはじめて足を踏み入れたのは1984年のこと。当時は「テキサス・ストリート」と呼ばれていた。それから何十年か経過した数年前にも訪れたが、チャイナ・タウンというより「ロシア・タウン」と呼ぶほうがふさわしいほどロシア系のバーやレストランが目についた。

今回はロシア語の看板が若干減っているような気がした。

チャイナ・タウン

釜山の駅前で20人ほどが大きな太極旗を振っている。主催者らしき若い女性に「What kind of gathering is this?」と訊いてみたが、話がうまく通じない。英語が話せる男性が登場して説明してくれたところ、予想どおり現政権を批判する右派の集会だった。「左派政権によって自由が奪われようとしている」との弁。

右派の集会

宿へ戻る途中、CUというコンビニに立ち寄り、「ツナマヨいなり寿司」を購入した。セブン・イレブンのものより大きく、値段も4900ウォンだった。

腰のせいで観光とは呼べないような1日だった。明日は出歩かずにホテルで休養しよう。

2026年8月30日日曜日

対馬・釜山2026 三日目(釜山)

8月21日

8時前に朝食。日本人客が大半だと思い込んでいたが、ざっとした印象では韓国人が多く、若干の欧米人もいる。朝食のスタイルは日本の東横INNと同じだが、キムチなどの韓国食材が加味されている。

朝食会場

11時半にホテルを出て、フェリー・ターミナルへ向かう。24日の対馬行きフェリーを予約するためだ。腰さえ問題なければ歩いて行くところだが、万全を期してタクシーを利用した。5700ウォン(600円ほど)。

対馬へのフェリーを運航する会社は数社あるが、すべて窓口が閉まっている。運よくStar Line社から若い女性が出てきた。12時から1 時までは昼休みだと言う。まだ11時56分なのだが。いずれにしても、女性は自分の昼休みの時間を10分ほど削って予約を手配してくれた。24日9時10分発の対馬比田勝行きフェリーで、代金は11600円。65歳以上は割引があるとのことで、日本で予約するより安かった(しかも日本とは異なりクレジットカードが使えた)。女性の対応は途中から日本語になった。

予約もできたところで、釜山駅からチャガルチ市場まで地下鉄で行くことにした。釜山駅で、10年近く前に入手していたT-Moneyカードに10000ウォンをチャージした(チャージは現金のみ可)。たまたま手持ちのT-Moneyカードを利用したものの、一般店舗でも使用できるWOWPASSカードのほうが便利なことを知ったのは帰国後だ。

地下鉄

チャガルチ駅で下車。以前の記憶と印象が違う。雑然とした大きな市場ではなく、小さな店が通りに並んでいるだけ。腰の調子がまた悪くなりだし、歩くのもおっくうなので、これ以上の探索はやめた。

食堂に入り、排骨湯を注文(2時を過ぎており、これ以外の選択肢はなかった)。味がどうのこうのよりも、ハサミを使っての食事はなんともやっかいだ。代金の10000ウォンはクレジットカードで支払った。

排骨湯(カルビ・スープ)

T-Moneyカードもあることだから、バスでホテルまで帰ることにした。とまどいながらも、なんとかホテル近くで下車。歩いていると1分おきに腰がギクッとする。ここはともかくホテルで休むに限る。

8時前にホテルを出て、食堂を探すが結果は昨日と同じ。同じ界隈を探しているのだから当然だ。ホテルの周辺の飲食店はせいぜい20軒。どれもぱっとしないうえ、客の入りも極端に悪い。

昨日と同じセブン・イレブンで「ツナマヨいなり寿司」を買って夕食とするしかなかった(3500ウォン)。腰に改善が見られないのが残念だ。ツナマヨいなり寿司はおいしかった。日本のコンビニでも売ってほしいところだ。

ツナマヨいなり寿司


2026年8月29日土曜日

対馬・釜山2026 二日目(釜山へ)

 8月20日

シャワーを浴びてから、8時前に朝食。いつもの東横INNの朝食で、変わり映えはない。 客は日韓混合。韓国勢のほうが多い印象。

10時にチェックアウト。ホテルのロビーで作業をしてから、11時過ぎにホテルを出る。厳原の町をぶらぶらしながら、フェリーのターミナルに向かう。昨日と同様、朝起きたときには完治を思わせた腰の調子は今日もかんばしくない。ネットで評判のよかった食堂に向かって20分近く歩いたが、見つからない。このときはほんとうにつらかった。

厳原

2時過ぎにSEA FLOWER号乗船の手続きが始まった。チケットと一緒に入国カードを渡される。昨日あれほど苦労したe-Arrival Cardは何だったのか。釜山までの料金は昨日電話で聞いていた16000円強ではなく14500円だった(対馬の住民だともっと安くなるらしい)。

SEA FLOWER号は定刻の3時半に出航。200人ほどの乗客のほとんどは韓国人。私の知る限り日本人は私ひとりだった。

SEA FLOWER号の船内

2時間後の5時半に釜山到着。何よりもまずSimカードがほしい。ターミナルの観光案内所で尋ねるとSimカードは釜山駅前のチャイナ・タウンで売っているらしい。帰りの対馬行きのフェリーを予約しておきたかったが、運航会社の事務所はもう閉まっているという。

釜山フェリー・ターミナル

フェリー・ターミナルと釜山駅はアーケードでつながっている。腰の痛みに耐えながら10分ほどかけて釜山駅まで歩く。迷いながらもチャイナ・タウンにたどり着き、電話番号なしのSimカードを購入。5日間有効で2万ウォン(2000円強)。以前の韓国旅行の持ち越しのいくばくかのウォンを持参していたので両替の必要はなかった。

ホテルは東横INN釜山中央駅を2泊予約していた(1泊8000円強)。釜山には東横INNが3つか4つある。釜山駅のすぐ近くにも1つあるが、これは東横INN釜山駅で中央駅とは異なる

韓国ではグーグル・マップの使用勝手がよくない。カカオ・マップという地図アプリをダウンロードしたが、こちらも慣れていないので使いにくい。すぐ近くの東横INN釜山駅で尋ねるのが早道だろう。ホテルに入り、受付けで東横INN中央駅までの行き方を尋ねた。歩いてでも行ける距離らしいが、腰の状態からしてこれ以上歩くのは無理なのでタクシーで行くことにした。

タクシーに並ぶ。東横INN中央駅までは基本料金の480ウォン(500円ちょっと)で済んだ。心配していたぼったくりはなかった。

朝食以来何も食べていないので空腹ではあるが、それよりも体の疲れがひどい。ベッドで横になり体を休めてから、8時前にホテルを出る。

食堂を探して歩き回るが、適当なのが見つからない。結局セブン・イレブンに入って、弁当、とうもろこし茶、特大のヤクルトを買って宿に持ち帰った。併せて10500ウォン(1200円ほど)。セブン・イレブンの女主人は日本語で対応してくれた。腰が痛いことを話すと、彼女も腰痛の持ち主だった。

コンビニ弁当で夕食


2026年8月28日金曜日

対馬・釜山2026 一日目(厳原へ)

日本のどこか、できれば僻地か離島へ行きたいと思っていた。 まず考えたのが与論島だが、8月は台風の恐れがある。そこで対馬。対馬は僻地ではなく、台風の可能性も小さくはない。だが、対馬にはフェリーで釜山まで簡単に行けるという魅力がある。あらかじめ天気予報をチェックしたうえ、8月19日大阪伊丹発対馬行き、8月27日対馬発伊丹空港行きの往復航空券をTrip.comで購入した(63660円)。釜山へいつ行き、何日滞在するかは決めていない。

出発前日の午後になって腰痛が発生した。激痛ではないが、立ち上がるとき、歩くときに痛みが走る。航空券のキャンセルや変更はできない。ハンディキャップを抱えながら行くしかない。

8月19 日

福岡行きのANA便は定刻の9時20分より少し早く大阪伊丹空港を飛び立ち、10時30分に福岡空港に着陸した。福岡空港で3時間半待ったあと、ANAのプロペラ機は14時過ぎに離陸、40分あまりで対馬空港に着陸した。

対馬空港着陸


予約済みの東横INN厳原まで路線バスで目指す。30分の乗車で710円。

終点の厳原で降車した眼の前に観光案内所がある。釜山までのフェリーについて確認しておこう。ちょうど明日15時半の厳原港発の便があり(SEA FLOWER号)、その場で電話して予約した(オンラインの予約サイトは用意されていない)。16000円超と高額。しかも支払いは現金のみとのこと。

東横INNにチェックインし、韓国入国に必要となるe-Arrival Cardの作成にとりかかる。これには苦戦した。2時間以上かけてやっと完成。

7時過ぎにホテルを出て、近くの「汐路」という居酒屋に入る。小さな店だが混んでいる。生ビール(中)、刺身、ポテトサラダで2000円。ネットでの評判もまずまずの店だが、値段は少し高め。

居酒屋でほろ酔い


ファミリー・マートで買い物をしてから宿に戻り、11 時前に就寝した。

腰は昨日と同じでよくならい。今朝起きたときには調子がよく、「治った」と勘違いするくらいだったのだが。時間が経過し、しばらく歩くと症状が出てくる。やはり安静が必要なのだろう。

2026年7月11日土曜日

インドネシア2026 十一日目(帰国へ)

 6月7日

7時半に朝食。今日は帰国日。韓国のLCCのT'Way Air便で21時50分にジャカルタを発ち、ソウル経由で関空に帰る予定だ。Verse Luxeホテルのチェックアウトは12時。できればこれを延長してもらいたい。レセプションで尋ねると、なんと無料でチェックアウトを午後4時まで延長してくれるとのこと。ありがたい。

このVerse Luxeホテル、Booking.comでの評価は6.5、グーグル・マップでのクチコミもあまりよくなかった。だが、スタッフの笑顔やサービスなど、私にとっては十二分に満足だった。昨日は「まずい」と感じた朝食も、それほどひどいレベルではない。ビュッフェ式だから、量は十分だ。

チェックアウトの延長で、時間に余裕ができた。荷物を置いたまま10時半にホテルを出て、Grabタクシーで旧市街(コタ地区)に向かう。旧市街の中心はFatahillah広場だ。

6月7日は日曜日ということもあり、広場では家族連れが座り込んで食事を楽しんでいる。写真目的のパフォーマンスも見られる。

Fatahillah広場

家族連れ


パフォーマンス

Grabタクシーでショッピング・モールのSarihnaまで行き、フードコートで昼食。昨日の魚料理に続き、今日も失望した。フードコートなら一定の水準のものが食べられると思っていたが、街なかの小さな食堂のほうが満足度が高かった。

昼食


3時ごろに宿に戻り、チェックアウト・タイムぎりぎりの4時までベッドの上に横になる。

ホテルに依頼して、早めに空港に向かう。料金は250Kルピア。Grabタクシーとそう変わらない値段だ。

空港に到着し、残っていたルピアを米ドルに交換。19ドル返ってきた。

ソウルまでの便はLCCだから食事は出ないものと思っていた。念のために「T'Way 機内食」をキーワードにネットで調べたが、「有料」ということだった。朝まで腹を持たせるため、出国ロビーでビーフのナシゴレンとビールを注文した。併せて2000円超という法外な値段だ(クレジットカード払い)。

ナシゴレンとビール

ところが、T'Wayの機内では食事が無料で提供された。しかもプルコギ。しゃくなことに、おいしい。すでにいっぱいになっている腹になんとか詰め込んだ。

機内食のプルコギ


T'Way Air機は翌朝の7時にソウルの仁川国際空港に到着。4時間弱の待ち合わせで関西国際空港に向けて飛び立った。待ち時間に立ち寄ったStarbucksは、Book Cafeと銘打ち、広々として非常に快適だった。

Starbucks Book Cafe in Incheon


5月24日から6月8日にかけてのブルネイとインドネシアへの旅はこのようにして無事終了した。
バリ島ウブドでの6日間の滞在はちょっと長すぎたかもしれない。バリの別の場所への移動も検討したが、結局惰性に任せてしまった。頻繁な移動への抵抗は加齢とともに強くなっている。ウブドでも宿の中で過ごす時間の割合が大きかった。「動く」ことを回避したい気持ちは、この歳になればまあ仕方がないのかもしれない。ともあれ、ブルネイとインドネシアまで大過なくひとりで旅行できたことでよしとしよう。

2026年7月8日水曜日

インドネシア2026 十日目(シティツアー騒動)

 6月6日

8時前に朝食。昨日は「まずまず」と感じた朝食だが、今日はこれが「まずい」に変わった。ポテトフライがしなびている。

今日はプライベートのシティツアーを申し込んでいる。ところが、約束の10時半になってもホテルにガイドが迎えに来ない。Viaterというオンライン・サイトから申し込んだツアーだ。怪しいサイトではない。よく覚えていないが、以前に利用した気がする。おそらく現地のツアー会社に問題があるのだろう。ツアー会社に電話をするが通じない。直接会社に乗り込もう。オンラインで受け取ったチケットに記されている住所までGrabタクシーで行くことにした。

タクシーに乗車中、車内でViaterにチャットで相談する。Viaterからも現地の会社に電話連絡できないようだ。「このままツアーの実現を追求するか、それとも全額返金を要求するか」の選択を提示される。返金を選択した。そもそも2万円もするプライベートツアーに申し込んだことを後悔していた。

いずれにしろ、タクシーは現地の会社の住所に近い場所に着いた。Mohoni Street 37にあるTravelwing Travelという会社だ。タクシーを降りた場所で仕事をしていた女性に尋ねる。女性はバイクの後ろに私を乗せ、Mohoni Streetまで私を連れて行き、周りの人に問い合わせてくれる。親切がみにしみる。

しかし、37という番地もTravelwing Travelという会社も見当たらない。

この時点で、Viaterからは「返金の手続きに入った」とのメールを着信していた。

シティツアーは忘れ、自分の観光を続けよう。その場で国立博物館へ行くためのGrabタクシーを呼んだ。

この騒ぎで2、3時間の時間を浪費し、Grabの往復代金約1100円を失った。だが、ジャカルタの観光地ではない一角を見ることができ、インドネシア人女性の親切さに触れることができた。ツアー代金の返金には1週間くらいかかるとのことだが、ちゃんと返金されれば、総合収支はプラスだ(実際には1週間もかからず、1両日のうちに返金されていた)。

国立博物館に到着したのは午後1時過ぎ。入館するに先立ち、売店でクロワッサンとゼロ・コーラを買い、体を休めるとともに、空腹を満たした。

相当な規模の博物館だが、私の関心の中心である現代史に関する展示はほとんどなかった。

博物館の展示(1)


博物館の展示(2)

博物館の展示(3)

このことをスタッフに尋ねる。若い女性スタッフは日本語を混じえて答えてくる。アニメで学んだ日本語だとのこと。「この博物館は古代、中世が中心で、現代に関する展示は少ない」と言い、近現代に関連する展示物がある3階への階段まで案内してくれる。1942年から1945年まで3年間の日本の統治についても「どう思うか」と尋ねる。「従軍慰安婦」という日本語を交えながら「レイプや略奪など、ひどかった。300年のオランダ統治より3年の日本統治のほうが悲惨だった」と。一部の残留日本兵の独立戦争への参加については「まったく知らなかった」とのこと。彼女の見方がインドネシア全体を代表するかどうかはともかく、日本と現地の認識の違いを思い知らされた。

30分かけて徒歩で宿にもどる。暑いこともあり、途中、マクドナルドで抹茶フラッペ(?)を食べる。

マクドナルドに立ち寄る


宿で休んでから、今日もSarihnaのフードコートへ出向き、76 Kルピア(700円弱)の魚料理を持ち帰る。まずかった。最後まで食べるのが苦しいほどまずかった。

魚で夕食

2026年7月7日火曜日

インドネシア2026 八、九日目(再びジャカルタへ)

 6月4日

今日はジャカルタへ移動する日。

8時半に朝食。9時過ぎにGrabタクシーを呼び、デンパサールの空港へ向かう。438Kルピア(4000円ほど)。Arana Garden Houseが手配するタクシー・サービス(400Kルピア)より高かった。

2時過ぎにデンパサールを飛び立ったBatik Air便は3時ごろにジャカルタ到着した(ジャカルタとバリ島には1時間の時差があるため、実際の飛行時間は2時間近く)。

ホテルはVerse Luxeホテルを予約していた。これは先に2泊したHoliday Inn Express Wahid Hasyimの並びにあるホテルで、3泊18700円。Holiday Inn Expressの居心地がよかったので、今回も泊まりたかったのだが、値段の関係でVerse Luxeにした(3泊で4000円ほどHoliday Innのほうが高くなる)。

Verse Luxeホテル


Grabでホテルに到着し、チェックイン後に部屋で休んでいると、ノックの音がする。お茶とお菓子のウエルカム・サービスを女性が運んできてくれたのだ。砂糖をたっぷり入れたジンジャー・ティーがおいしかった。

ホテルのサービス


さてジャカルタのどこを探索するか。シティツアーに参加するのが手っ取り早いだろう。夜8時まで開いているはずの近所の旅行代理店を探すが、見つからない。通りの至る所に旅行代理店があるウブドとは大違いだ。

Sarinahというショッピング・モールのフードコートからインドネシア版おでん(?)を持ち帰って夕食とする。しまった、ビールを買い忘れた。再度外へ出るのもおっくうなので、水で我慢。


 6月5日

8時過ぎにビュッフェ式の朝食。Holiday Inn Expressより劣るが、まずまずの内容。客は私以外ほとんどインドネシア人のようだ。

verse Luxeホテルの朝食

旅行代理店を探し回るが、適切な店が見つからない。ホテルの受付で尋ねても要領を得なかった。結局オンラインで明日の1日シティツアーを申し込む。代金が2200Kルピア以上(約2万円)と高価だったので、プライベートツアーだと気づく始末。できればグループツアーのほうがたかった。

トゥクトゥクでブロックMまで行く(100Kルピア=900円くらい)。ブロックMとは、南ジャカルタにある商業中心地だ。

トゥクトゥクに乗る


大きなショッピング・モールに入る。モールのフードコートは大賑わいだ。モールの外には和食の店もちらほら見かける。

食で賑わうブロックM

ラーメン店

屋台が並んでいる通りでサイコロステーキ・ライス(60Kルピア)なるものを注文したが失望。量が少なすぎるうえ、味も安っぽいカレーライスだ。

これまでバリでもジャカルタでも移動はもっぱら徒歩かGrabタクシーだった。Grabは値段が事前に決まっており、すべてクレジットカード払いだから、非常に便利だ。便利なだけに過度に依存してしまう。

ジャカルタにはMRT(Mass Rapid Transit)という公共輸送システムがある。MRTの南北線を利用すれば、ブロックMからホテルの近くまで戻ることができそうだ。駅まで行き、職員に助けてもらって、MRTの切符を買うことができた。切符は90円だが、現金は使えず、クレジットカードで購入した。

ジャカルタのMRT

スーパーでビール、チョコレートなどを買って宿へ戻る。7時に外に出て、ホテルの近くの小さな店からナシゴレンと揚げ物2つ(併せて300円弱)を持ち帰り、ビールと一緒に夕食とする。

夕食

 

2026年7月5日日曜日

インドネシア2026 七日目(ウブド滞在が続く)

 6月3日

9時前に朝食。今日はメインにミーゴレン(焼きそば)を選んだ。

10時半に宿を出て 、Kajeng Rice Fieldへ徒歩で向かう。20分以上歩いて、Rice Fieldらしきところに到着した。少し高地になっているせいか、涼しくて風が心地いい。昨日と同様、田圃を見ながら農道を散策する。

ふと思う。私は何をやっているのだろう。田圃を見ながらの散歩。これは毎私が日本でやっていることではないか。違いは、ここにはちらほら観光客がいることだけ。2日前に訪れたモンキー・フォレストにしてもそうだ。何百匹という規模ではないにしろ、数匹の猿に遭遇するのは私の日常生活でそれほど希なことではない。わざわざインドネシアまで来てやることなのか。

小太りの西欧人男性から声をかけられる。メルボルンから来たオーストラリア人だった。お互いの年齢から始まって(彼は67歳)、中国、日本、インドネシア、タイのことなどを話す。オーストラリア人にとってインドネシアは年金生活の場として適しているのではないかと質問してみた。実際にはタイを選ぶオーストラリア人が多いらしい。タイは医療サービスの質が高く安価だとのこと。

歩いて街に戻る。当初はどこか美術館でも訪れるつもりだったが、面倒くさくなって食堂探しに切り替えた。

宿の近くの小さな食堂で、ナシゴレン・スペシャルとコーラを注文。可もなし不可もなしで、45Kルピア(400円強)。

昼食


しばらく歩くとケバブ屋がある。メニューを見ていると、トルコ人のオーナー夫妻がフレンドリーに話しかけてきた。イスタンブール出身で、現在はウブドに住んでいるという。

3時過ぎ宿へ戻って一休み。たくさん歩いたせいで疲れがひどい。

再び表へ出たのは7時過ぎ。一昨日と同じ宿の並びの食堂でツナ炒めとビールの小瓶を注文。値段は一昨日と同じで70Kルピア。ツナ炒めはまずくはないが、これだけだと単調だ。残念ながら昨日のような出会いはなかった。

夕食