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2018年8月22日水曜日

イスラエル中東研修ツアー 二日目(研修開始、エルサレムへ)

8月3日。

今日から研修が始まる。

研修の場となるのはGolden Crownホテルの4階にある会議室。8時に全員が集合し、Galileeの日本人インターンO氏による簡単なオリエンテーションに続き、各自が英語で手短に自己紹介した。男性7名に女性10名(うち1名はスロバキア人)。大半が20~22歳で、私1人が飛び抜けて年上。

8時半から始まった最初の講義はDr,G.Abutbul(テルアビブ大学講師)の"Cultural and Structual Elements of the Israel Society"だった。この3時間に及ぶ講義では、イスラエル社会の特徴が歴史的流れに沿って説明された。講義の内容をここで詳らかに報告することはしない。正直に言えば、できない。ときどき睡魔に襲われながらも、まじめに聴いたつもりだが、ノートをきちんととらなかったこともあり、内容がすっぽりと頭から消えている。鮮明に覚えているのは、「料理を含むユダヤの文化はもともとパレスチナ発祥のものが多い」ことくらい。ただ、自分が発した質問はよく覚えている。2つ質問した。

ちょうど数週間前にイスラエルの国会(クネセト)で「ユダヤ人国家法」が成立したばかりだった。これに関連して次のように質問した。「Israel is the state of Jewish peopleという法案がクネセトを通過したが、これは私をいっそう混乱させる。フランスはフランス人の国、イスラエルはイスラエル人の国だというのは理解できるし、正しい。"フランスはフランス人の国"というのはtautology(同義反復)だからだ。同義反復は常に正しい。しかし、イスラエルがユダヤ人の国とは? そもそもユダヤ人とは? ユダヤは人種でもなければ、宗教とも言い切れない。一般的に受け入れられたユダヤ人の定義とは、母親がユダヤ人である人、ないしはユダヤ教に改宗した人というものだ。イスラエルがユダヤ人の国家であると言った場合、そのユダヤ人にはイスラエル以外に住むユダヤ人も含まれるのか?」

答えはYesだった。レクチャラーのAbutbul氏自身が今回のユダヤ人国家法には賛成していないようだ。明日土曜日にはこの法案に反対するドゥルーズ派(アラブ人同様イスラエル国民でありながらユダヤ人ではない)の人々の大規模な抗議集会が予定されているとのことだった。

もう1つの質問。Abutul氏はアシュケナージ(東欧系ユダヤ人、European Jews)と対比して中東系のユダヤ人(Oriental Jews)をMizrahiと称していた。私のこれまでの理解では中東出自のユダヤ人はセファルディと呼ばれているはずだった。そこで「MizrahiとSephardiと同義か」と質問した。

「Sephardiとは1492年のレコンキスタとともにスペインから追放されて中東などに離散したユダヤ人を指す。したがって、MizrahiにはSephardiも含まれる」というのがAbutbul氏の回答だった。これには納得。つまりSephardiはMizrahiの部分集合なのだ。

11時半から12時半まではGalilee InstituteのMs. S. SalantのAcademic Orientationに充てられ、今後の講義の概要が説明された。

食事を済ませ、Golden Crownホテルをチェックアウト。バスでエルサレムに向かう。

エルサレムには4時前に着いた。バスを降り、現地のガイドによるエルサレムの観光がはじまる。

石畳の旧市街を歩き、キリストが処刑されたとされるゴルゴダに立つ聖墳墓教会を訪れる。キリストの遺体が置かれたとされる石の台もあり、ひざまずいている人もいる。キリスト教徒でもなく、どこまでが伝承でどこからが史実かはっきりしない私にとっては感動を誘うような光景ではない。

エルサレムの旧市街を歩く

キリストが安置されたとされる石台(聖墳墓教会)

セキュリティチェックを通過して嘆きの門(Western Wall、西壁)に赴く。写真でお馴染みの壁だが予想していたより小さい。黒い帽子に黒服のユダヤ教超正統派の人々が壁に向かって祈っているが、その数もあまり多くない。今日は金曜日でユダヤ教のシャバド(安息日)にあたる。シャバドには壁の前に多くの人が集まると聞いていたが、おそらく日没後のことだろう。

嘆きの門

ガイドに「正統派と超正統派の相違は何か」と尋ねた。「服装の違いだ」との意外な答え。黒帽・黒服が超正統派で、丸い小さな帽子(キッパ)だけを頭に載せているのが正統派。イスラエル人の大多数はsecular Jew(世俗的ユダヤ人)だ。ガイド自身もsecular Jewだが、「ユダヤ教を信じていないわけではないので、この呼び方は気に入らない」とのことだった。

夕方6時過ぎにエルサレムのRimonimホテルにチェックインする。部屋の内装、ビュフェの食事の豊富さなどからして、ナザレのGolden Crownホテルより一段格上のようだ。今日と明日このホテルに2泊する。

Rimonim Hotel

食事のあと、ホテル内で夜の8時から10時までE.Zananiri氏によるPalestinian Perspective of the Peace Processという講義があった。Zananiri氏はPLOの政策アドバイザーであり、文字通りパレスチナ側の和平に対する展望が語られた。

忙しかった初日の最後の講義。夜遅いこともあり、みんな疲れている様子だった。私は「パレスチナでは2006年以降選挙が行われていないが、現在の状況のもと、パレスチナ側にはたしてtwo state solutionを受け入れる用意があるのだろうか」と質問した。Zananiri氏の回答は「パレスチナの人々は悲惨な生活と戦いに疲れており、8割方はtwo state solutionを受け入れるだろう」というものだったが、その根拠は示されなかった。

初日の研修はこうして終了した。朝の8時半から夜の10時まで、寝不足もあってさすがに疲れた。講義の途中に睡魔に襲われたことも1度や2度ではない。明日はベツレヘムの聖誕教会と死海の観光がメインになる。格好の安息日といえる。

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