7月16日
朝食の席で30歳くらいのフランス人女性と出会った。私がフランス語で話し始めると、彼女は日本語で返してきた。数年前にワーキング・ホリディで来日し一年半滞在したとのこと。1年間は日本国内を旅行し、半年間は関西空港で働いたという。一年半の滞在にしてはかなり流暢な日本語で、問題なくコミュケーションが可能。関空で働いていたときには朝から晩まで働きづめでたいへんだったらしい。「これではなんのために日本にいるのかわからない」と感じ、仕事をやめてフランスに帰った。
桜よりも紅葉が好きだという彼女。漢字も好きで、(日本語は)話すよりも読むほうが得意だという。日本語で読んだ(あるいは読もうとしている)本をいくつか紹介してくれた。そのうちのひとつは、逢坂冬馬の『同時少女よ、敵を撃て』。これは私も少し気になっていた本だ。
外国人にとっては読み書きがネックとなる日本語だから、彼女の読書力には感心するしかない。だが、フランスの文学については、どうだろうか。私が愛読したルイ・フェルナンド・セリーヌやエドワルド・ルイについては存在すら知らないようだ。私も彼女が紹介してくれた日本のミステリー小説について作家も作品も知らなかったから、まあおあいこと言えるだろう。
彼女はモンゴルを皮切りに日本を経由して東南アジアを回る2年がかりのまわる予定だ。数年前にアフリカを長期間旅行したことはあるが、東南アジアははじめてという。「少なくとも一ヶ月は滞在しないとその国を知ったことにはならない」というのが彼女の持論。明日はハラホリンの隣の町まで米国人男性と一緒に20Kmの道を歩いて行く予定だ。そのあとも2週間ほど野宿しながら歩いてモンゴルを巡るつもりらしい。野宿のためのテントも用意している。重い荷物を背負って移動するために、「筋トレ」もやっているとのこと。フランス人女性の口から「筋トレ」という日本語が出たことにも驚いたが、もっとびっくりしたのはそのユニークな旅のスタイルだ。
ハラホリンの観光の中心は「エルデニ・ゾー」という仏教寺院だ。ゲストハウスから歩いて20分ほどの距離。広大な敷地に寺院の建造物が数多く建っている。仏像が建立されている奥の院に入るには入場料が必要。外国人は20000MNT(800円ほど)だった。
エルデニ・ゾーの入口
エルデニ・ゾーの内部
訪問者のなかにはちらほらと外国人も見られるが、大半はウランバートルなどから来たモンゴル人だ。実はこの時期(7月11日から17日まで)、モンゴルでは「ナダーム」という年に一回の祭りの最中で、ずっと祝日だった。モンゴル人の観光客が多かったのはそのせいだろう。
エルデニ・ゾーの前の広場ではナダームの行事の一環で、歌や踊りが披露されていた。これも興味深かったが、それよりももっと心を引かれたのは、広場からずっと離れたところで行われていた女の子たちの伝統楽器の演奏だった。同じ曲を繰り返していたから、練習だったのかもしれない。2、3人の保護者らしい人を除けば観客はゼロ。ぜいたくに伝統音楽を鑑賞できて大満足。
伝統楽器の練習
エルデニ・ゾーの前にはいくつかの食堂や土産物屋が出店している。そのうちのひとつで遅めの昼食をとった。肉と卵とライスの料理。甘い飲み物と併せて14000MNT(550円ほど)。
3時過ぎにゲストハウスへ帰り2時間ほど休む。ゲストハウスの裏の丘には亀石(亀の形の石像)があるというので、丘の頂上を目指す。道のたどって登るが、亀石らしきものは見当たらず引き返す。亀石には出会えなかったが、丘に登る途中、そして丘の頂上から見える景色はいかにもモンゴルらしい絶景だった。
丘に登る途中で
丘の上から
ゲストハウスのオーナー夫人によれば、道を辿って行っても亀石は見つからないとのことだった。ゲストハウスの真裏からまっすぐに道なき道を登っていかなければならない。
オーナー夫人からは朝青龍が経営するAsa Landなるツーリスト・キャンプのことも聞いた。朝青龍はハラホリン近郊の出身らしい。Asa LandはGaya's Guesthouseから5kmほど離れたところにあるとのことだったが、あとで調べると3.8kmの距離だった。「ハラホリンの町を歩いてれば朝青龍に会えるかも」とはオーナー夫人の弁。
Asa Landは1泊150ユーロと高額で、私の選択肢に入るような宿ではない。しかも、ネットの評判も芳しくない。「高い値段にしては...」といったレビューが多かった。
Gaya's Guesthouseには1日延泊することにした。明日はもう少しハラホリンを探索しよう。
昨日と同様、スーパーで買ったイワシの缶詰を夕食としてこの日を終えた。
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