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2017年2月28日火曜日

ラオス2017 五日目(ルアンナムター)

2月10日。

今日はルアンナムターへ移動する日。昨日お寺でもらった「ちまき」がまだ3つ残っていたので、朝食代わりとする。8時過ぎに宿をチェックアウト。ルアンナムター行きのマイクロバスの時刻は前日に調べてあった。8時、9時10分、11時、それに確か午後にも1本あった。私が乗ろうとしていたのは9時10分のバスだが、切符が売りきれることもありうるので、少し早めに宿を出た。

切符は無事購入でき、助手席も含めて満席のバスはほぼ定刻に出発した。外国人旅行者は私だけのようだ。隣の若者が私に英語で話しかけてくる。ビエンチャンでホンダのオートバイのディラーをやっており、ムアンシンには仕事で来たとのこと。もともとはルアンパバーンの近郊の出身であり、両親は今でもそこに住んでいる。両親のもとで1泊してからビエンチャンに戻るところという。話が少数民族に及ぶと、青年は自分はモン族だと名乗った。外見だけからはラオなのかモンなのか、あるいは別の少数民族なのか、私にはまったく区別がつかない。青年は小柄で色白だったが、これがモン族の一般的な特徴というわけでもなかろう。

バスがルアンナムターに着いたのは2時間後の午前11時ごろ。この近距離用のバスステーションはルアンナムターのほぼ中心に位置しており、ほんの少し歩けばメインストリートに出る。メインストリート沿いのManychan Guesthouseに宿をとり(予約はしていなかった)、2泊することにする。トイレ・シャワー、テレビ付きの部屋で1泊70000キープ(1000円近く)。朝食は付いていない。このゲストハウスは1階が大きな食堂になっており、欧米の旅行者が数名たむろしていた。

Manychan Guesthouse

チェックインして外へ出たときにはすでに12時。まともな朝食をとっていなかったから、まずは腹ごしらえだ。宿の並びの小さな食堂に入り、炒飯(らしきもの)を注文。スープ付きで20000キープ(280円)とちょっと高め。味はまあまあ。

ルアンナムターはムアンシンよりも大きく観光客も多いものの、とりわけ特徴もないひなびた町で、端から端まで歩いても20分もかからない。ムアンシン同様、看板の多くには中国語が併記されている。ところどころで少数民族の服を着た女性を見かけたが、観光客向けの物売りのようだった。

民族衣装の女性たち

明日はルアンナムター付近の少数民族の村を回る予定だ。旅行会社に相談するのがもっとも手っ取り早いだろう。メインストリートには各種チケット、ツアー、トレッキングを扱う旅行会社が数多く並んでいる。旅行会社やゲストハウスの多さからしても、ルアンナムターがいかに観光に依存しているかがわかる。

宿泊しているゲストハウスの隣の隣にある小さな旅行会社に入り、近郊の村を巡りたい旨を告げる。ひとりの場合、ガイドなしのツアー(つまりトゥクトゥクの運転手だけのツアー)で1日75米国ドルとのこと。高すぎると言うと、すぐに50ドルまで下がった。もう1押し、40ドルまでと粘ったが、これはだめだった。50ドルは本来2人参加の場合の値段だからこれで妥協することにした。明日8時半にトゥクトゥクの運転手が宿まで迎えに来てくれる。

ついでに明後日のルアンパバーンのバスの切符も購入した。長距離用のバスステーションは町の中心から遠い。宿からのピックアップサービスも含めて120000キープ(1700円近く)。夜行バスにはこりているから、朝8時30分発のバスにした。明後日7時30分に宿に迎えに来てくれるとのこと。

メインストリートにMinority Restaurantという看板を見かけたので、夕食はここでとることにした。ラオスの伝統料理(名前は失念した)を注文。ボイルされた野菜を細かく刻んだマッシュルームや茄子に浸して食べるのだが、私の口には合わなかった。小さな竹駕籠に入れたもち米(カオ・ニャオというらしい)も付いている。粘りのある米がほんのりと甘く、こちらのほうはおいしく食べられた。正確な値段は覚えていないが、かなり高かったように思う。飲み物も含めて1000円近くだったかもしれない。

夕食は伝統料理で

ともかく腹はいっぱいになり、宿に戻る。テレビは映りが悪かったが、久しぶりに熱いシャワーを浴びることができた。

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