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2025年7月30日水曜日

バルト3国+ヘルシンキ2025 七日目(リガ)

7月8日

8時前に 朝食をとる。これまでのホテルと同様、満足できる内容。ニシンの酢漬けを多めに皿に盛ったのもいつものとおり。

朝食


このホテルに留まるのは今日まで。明日はどうするか。選択肢は2つある。ひとつはリガにもう1泊すること。もうひとつは次の国リトアニアのシャウレイに行くこと。シャウレイには「十字架の丘」という観光スポットがあるうえ、リガとビリニュス(リトアニアの首都)のちょうど中間点という便利さもある。

だが、いろいろ動き回るのはおっくうだという怠け心のほうがまさり、このままリガでもう一日を過ごすほうを選んだ。このホテルで延泊するのもよいが、気分を変えるために、すぐ近くの一段格上のホテルをBooking.comを通じて予約しておいた。

これで2日間たっぷりとリガを観光できる。今日は曇天ながら雨は降っていない。まずホテル近くのリガ大聖堂に行く。大聖堂の前の広場(Dome Square)にはTourist Carが数台停まっている。10ユーロ払ってこれに乗り、30分かけて旧市街を回ってみた。これは失敗だった。歩いて回ったほうがよっぽどいい。日本語での説明をイヤホンで聞くこともできるが、まったく頭に入ってこない。

Tourist Car

気を取り直し、昨日外観だけ眺めた中央市場まで歩く。

リガの旧市街を歩く(1)

リガの旧市街を歩く(2)

中央市場は5つのドームとその周りの野外市場からなる。

中央市場(野外の野菜と果物の市場)

スイカ

もちろんちょっとした食堂やカフェもあれば、フードコードもある。

中央市場のフードコード

フードコードでクワス(Kvas)を飲む。20年前にロシアで飲んだことがあるかないか、記憶が曖昧だ。

フードコードは混んでいた。7、8人の大家族と相席になる。私の隣になったおばあさんがロシア語で何か話しかけてくる。よく理解できない。理解できないのも無理はない。「私はユダヤ人だ」と言っていたのだ。「ユダヤ人」なるロシア語の単語を知らない私に理解できるはずがない。おばあさんが「jewish」と言い換えてくれたことでやっと合点がいった。

おばあさんは78歳。ラトビアに生まれたが、1976年に米国に移住したとのこと。おばあさんが「私はトランプを支持する」と言ったことから、政治論議がはじまる。意見は違ったが、終始友好的に話すことができた。「息子は医師、娘は弁護士になった」と自慢するおばあさん。

その息子や孫たちも話しに加わる。息子がラトビアを離れたのは7歳のとき(漠然とした記憶が残っているという)。彼とは移民の問題などについて話した。排外主義の広がりを嘆く私に対し、移民の側でも受け入れ国に溶け込もう(integrate)とする努力が必要と主張する彼。

楽しい時間だった。この一家との対話は今回の旅行のハイライトとなった。

フードコートを出て、すぐ近くのバス・ターミナルに行く。日本人らしい高齢のカップルを見かける。困っている様子なので、つい声をかける。案の定、予約してあるホテルにどう行くか迷っているところだった。スマホでそのホテルの位置を確かめて助言する。バス・ターミナルにほど近い旧市街の入口にあるホテルだが、地下道を通って向こう側に渡る必要があるから、ちょっとやっかいだ。

タリンやヘルシンキ、そしてリガでもときどき団体や個人の日本人旅行者を見かけたが、言葉を交わしたのはこれがはじめてだった。

4時ごろにホテルに戻り、6時に再度外出。続けて街を散策し、「3人兄弟」なる建物を見たあと、旧市街を離れて橋を渡ろうとしたものの、途中であきらめて引き返した。遠すぎる。昨日と同様、スーパー(Rimi)でポテト・サラダやパンを購入して夕食とする。

橋を渡ろうとするが...

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