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2015年9月9日水曜日

北朝鮮2014 三日目(8月20日)

清津観光旅館での朝食のあと、まずはお決まりの銅像詣で。清津の銅像は金日成だ。ここで別の外国人ツアー・グループに遭遇した。我々とは異なり、男性と女性の混成部隊で、10名以上はいる。カナダの旅行会社を通じて来ているらしい。グループの国籍はオーストラリアをはじめさまざま。うちひとりは、我々のガイドである徐氏と知り合いらしく、再会の挨拶を交わしていた。香港からの旅行者で、たびたびこの地に来ているという。平壌を再訪、再々訪する旅行者はめずらしくないが、北朝鮮東北部に何回も来るケースはそう多くはないだろう。

清津の現地ガイド

続いて清津を離れ、専用車で七宝山のエリアに向かう。車がほとんど通らない道で、ぽつんとひとりでリンゴを売っている中年の女性を見かける。どれくらい売れるのだろうか。せいぜい20個余りのリンゴしか持っていないようだったから、全部売れたとしてもいくばくにもならないだろう。

リンゴ売り(Anton撮影)

山道を歩き、渓谷と滝を見てから、外七宝山の民泊宿所で昼食をとる。食後、付近を散策しながら、ロシア人のAntonが次のような感想を漏らす。
「ロシアにはドイツからの観光客が多数訪れる。年取ったドイツ人観光客も多い。一方、ロシアの老人たちは、わずかな年金で、生きていくのがやっと。外国旅行を楽しむ余裕などとうていない。これが勝ったロシアと敗れたドイツの70年後の現実だ。日本と北朝鮮も同じようなものだ。70年前に敗れた日本と解放された朝鮮。なのに、日本人のお前がこうして北朝鮮の地で休日を楽しんでいる一方、北朝鮮の人たちにとって日本や他の外国を訪れる機会はまずない。」

Antonによれば、数年前まではロシアでのプーチン支持と非支持の割合はどっこいどっこいだったとのこと。しかし、ウクライナ紛争が始まり、西側諸国がロシアに経済制裁を課する中、世論は急速にプーチンに傾き、いまでは国民の85%がプーチン支持だという。残りの15%は1日でも早くロシアを脱出しようとしている。Antonもこの15%の1人で、現在は香港で働いている。

次の目的地は海辺だ。北朝鮮のリゾートビーチ。北朝鮮の8月はかなり涼しく、泳いでいる人は少ない。バレーボール、ダンス、ゲーム、キャンピングなどを楽しんでいる地元民に交じって中国人の観光客もちらほら。私とScott、Antonは清津から来た一家に招かれて、貝の炊き込みご飯とソジュ(焼酎)をごちそうになる。

地元民と 焼酎を片手に


次にホームステイ村に移動。これは外国人観光客をもてなすためにつくられた数十軒の集落だ。バレーボールとシルム(朝鮮相撲)で体を使ったあとは、手作りの麺(じゃがいも麺)と餅を食する。


ホームステイ村にはレストランもある。夕食をとったら、次はキャンプファイアー。ここでは1人ずつ歌うはめに。歌の合間にトウモロコシやジャガイモを火の中に入れる。しかし、麺や餅、レストランの食事で腹一杯になっている我々は、焼き上がっても誰も手を出そうとしない。私は日本人に特有の義務感から、トウモロコシを1本食べる。食物が十分とは言えない北朝鮮で、焼き上がった大量のトウモロコシやジャガイモをそのまま放置するのは忍びない。我が同行者諸君、せめて1個のジャガイモ、1本のトウモロコシくらいを食べるのが礼儀ではないかね。そういうデリカシーはないのか!

キャンプファイアー 歌う北朝鮮女性


日本人とアメリカ人は過去の悪行と現在の悪行のゆえ、ホームステイ村のアクティビティには参加できても、ホームステイはできない決まりになっている。というわけで、キャンプファイアーが終わった夜の9時頃、私と2人のアメリカ人は車で30分以上かけて、昼食をとった外七宝山の宿泊施設にまで戻ることに。International Hotelという立派な名前の宿泊施設だが、ベッド数は10もないだろう。ここも湯は出なかったが、翌朝の6時頃にはバケツに入った湯がドアの前に置かれていた。我々のためにわざわざ沸かしてくれたのだ。

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