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2015年9月24日木曜日

ソウルの辺境 2015年3月

3月8日から11日にかけて、韓国のソウルへ行った。3泊4日の短い旅だ。目的は韓国語の小説を何冊か購入すること。Amazonが韓国に進出していないこともあり、韓国語の本は現地で直接に購入するのがもっとも手っ取り早い。

私の韓国語学習歴はかなり長い。はじめてNHKのハングル講座を聴いたのは5、6年前、いやもっと前か。だが、いつまで経っても初心者のレベルを出ないのが悲しい。歳のせいもあるが、もともと素質がないからだろう。それでも、翻訳本と照らせ合わせながら、1年以上をかけて小説を1冊読んだ。のちに盗作騒ぎで物議を醸した申京淑(신경숙=シンギョンスク)の외딴방(離れ部屋)だ。おもしろかった。韓国の社会と歴史を知るうえで、韓流ドラマなどよりずっと役に立った。

続いて何か読みたかった。日本語の翻訳が出ている本に限られるから、選択は自ずから限られる。購入候補となる何冊かのリストを用意し、LCCのPeach便で関空からソウルに飛んだ。着いた翌日の3月9日に永豊文庫と教保文庫を巡り、店員の助けを借りながら、目当ての本を5冊購入した。1冊読むのに最低1年はかかるから、当分はこれで十分だ。

翌10日はソウルの「スラム街」の探訪に当てた。ソウルはWi-fiのフリースポットが至るところにあり、ネットで調べるのも楽だ。いろいろと検索した結果、鹿川(ノクチョン)と九龍(クリョン)を探ることにした。幸いに空は雲一つなく晴れており、3月中旬のきりっとした空気が気持ちいい。

まず鹿川(녹천=ノクチョン)。地下鉄1号線でソウル中心部からおよそ30分。鹿川近くになると電車は地上を走る。鹿川駅に入る直前、目指す鹿川マウル(마을=村、町)が車窓から見える。駅を降りて、電車が来た方向に徒歩で引き返すこと約5分、取り壊された家屋、その廃物、まだ残っている人気のない家屋が混在する風景が目に入る。鹿川マウルだ。

鹿川(ノクチョン)マウル

解体用の重機や乗用車が何台か停まっているが、人の姿は見あたらない。動画を撮りながら、路地の中に入っていく。鹿川マウルの取り壊しが進んでいることはネットで調べて知っていた。しかし、取り壊しがどこまで進んでいるかについてはまったく知らなかった。現況がこうだとすると、おそらく1年も経たないうちに完全に更地になってしまうのではなかろうか。


しばらく行くと寺院が見える。寺院の中庭に入る。かすかに読経の声が聞こえる。数人いるようだ。上がり口には脱いだ靴が何足が見える。中にお邪魔しようかとも考えたが、やめておいた。

鹿川マウルのお寺

お寺の外にあった仏像

鹿川マウルをあとにし、続いて九龍(구룡=クリョン)マウルに向かう。九龍は江南(カンナム)区にある。江南はソウルの中でも富裕層が多く住む区域で、高級アパートやしゃれた店が集まっている。九龍マウルはその「セレブ」な江南のただ中にひっそりと埋もれている。

九龍マウルが江南のどこにあるかの情報はまったく持っていなかった。正確な住所も知らなかった。江南エリアに「九龍」という駅があるので、おそらくその辺だろうと見当をつけていただけだ。鹿川から九龍まで、いくつか乗り換えながら、小一時間かけてたどり着く。

駅を降りたがいいが、どっちの方向へ行ったらいいのかわからない。駅の周りは閑散としており、人通りもほとんどない。ともかく道の一方を下っていくことにした。高層アパートらしきところから、若い女性が出てくる。ここは下手な韓国語を使うより英語だ。"Speak English?"と聞くと"Yes"という答え。九龍マウルへのおおよその行き方を教えてくれた。今来た道の反対の方向だ。「歩けば20分くらいかかるから、バスに乗ったほうがよい」とのこと。だが、どのバスに乗って、どこで降りたらいいのか。「いや徒歩で行く」と答え、反対方向に歩き出す。

10分ぐらい歩き、もう一度道を尋ねる。こんどは50歳くらいのアジョシだ。韓国語で尋ねる。かなり近くまで来ているらしい。九龍マウルといういわくありげな場所を外国人、しかも日本人らしき人物が聞くのだから、警戒されたり、いぶかしがられたりするのではないかと思っていたが、さっきのアガシもこのアジョシもごく普通に答えてくれた。「XXX百貨店にどう行くのか」と聞いた場合と同様の答え方だった。

教えられたとおりにしばらく行くと、車が頻繁に行き交うメイン道路の傍らにそれらしき家並みがかいま見える。九龍マウルだ。

細い道を通り抜け、マウルの中に入る。思い描いていたとおりの光景だ。人気はまったくない。九龍マウルの住民は2000人くらいといわれているが、政府やソウル市は住民の立ち退きを進めており、人は減っているらしい。動画を撮りながら、路地から路地へと入っていく。中から話し声が聞こえる家もある、洗濯機や傘など、生活のにおいもする。しかし空き家も多く、周りは異様に静まりかえっている。

九龍(クリョン)マウル

国旗を掲揚している家が何軒かある。消火器も目に付く。家が密集しているだけに火事は大敵だ。実際、何ヶ月か前には火災が発生し、死者まで出ている。


灰になった練炭がところどころで山積みになっている。オンドルや電気ストーブ、石油ストーブではなく、練炭が暖をとる主要な手段となっているのだろう。申京淑の「離れ部屋」にも練炭を買いに行く場面が何回か描写されていた。


教会らしき建物もある。空に目をやると、江南の高層ビルが見える。


韓国にはタルトンネ(달동네)という言葉がある。タル(月)のトンネ(界隈、近所)という意味で、都市の中心に住む場所を持たない貧しい人たちが山の中腹に急ごしらえで建てた家屋の集まりを指す。釜山のタルトンネなどは今や観光スポットとなっている。鹿川マウルや九龍マウルは平地に位置しており、月に届くような山の中腹にあるわけではないから、タルトンネに該当するかどうかは確かでない。

九龍の一風景

リッチな江南のふもとにある九龍マウルは韓国政府やソウル市からすれば目障りだろう。風呂やトイレは共同、暖房や冷房もままらず、火災のリスクも大きい。住んでいる人々の福利からしても望ましくない。この種のトンネを取り壊して、低所得者用の住宅を建てるという政策はその意味では理にかなっている。しかし、住民の意思を無視した強制的な排除には疑問が残る。新宿の西口公園や大阪城公園のブルーシートのテントの排除についても同様だ。厳密に法律を適用すれば違法かもしれず、見た目もよくないとしても、「貧しく住む」という権利も存在するのではなかろうか。そうした多様性を受け入れる余裕がほしい。

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