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2025年8月2日土曜日

バルト3国+ヘルシンキ 十日目(ビリニュス)

 7月11日

8時に朝食会場に行く。大きな会場で、人もたくさんいる。スペインあたりの団体客が多いようだ。韓国人の若いカップルもいた。

朝食

まずSimカードの問題を解決したい。昨夜ネットで調べたところ、Holiday Innから徒歩で10分たらずの場所にTelia Global Support Serviceがある。ここを訪れてみよう。

Telia Global Support Serviceは大きなビルの中にあった。受付には女性がひとり。カウンターを介して男性が受付と話している。

ここはITセンターで、カスタマー向けのサービス・センターではなかった。受付と話している男性に事情を話し、スマホを見せる。SimカードのActivation(有効化)は完了しているがネットにはつながらない。

男性は私のスマホを見て「ニホンゴ」とつぶやき、”I like Japanese music”と言う。私は即座に”I don't like Japanes music”と切り返した。受付の女性がクスリと笑う。

いずれにしてもここでは解決できず、Telia shopに行くしかないようだ。歩いて10分ほどのパノラマというショッピング・センター内のショップに行けばという男性の助言を得る。

ビルの1階の守衛にパノラマの所在地を尋ねると、英語をまったくしゃべらない守衛はパソコンの画面を見せながら行き方をていねいに指示してくれた。

だが、パノラマは旧市街とは逆方向にある。結局、旧市街のショッピング・モール内のショップに行くことにし、30分ほど歩く。

Teliaショップでのやりとりで問題は解決した。ネットにつながらなかったは私のスマホのせいだ。おそらく私のスマホがサポートしている周波数帯がリトアニアのモバイルの周波数と重ならなかったのだろう。

幸い、予備のために古いスマホを持ってきていた。こちらのスマホにSimカードを挿すと、問題なくネットにつながった。

モバイル通信が可能になったところで、いったんホテルに戻る。時刻は2時を過ぎていた。スマホとネットの問題だけで午前中いっぱいを使ってしまったわけだが、悔いはない。こうしたトラブルとその解決を通じてリトアニアを垣間見ることができる。貴重なリトアニア体験だった。

3時過ぎに古いスマホのグーグル・マップを頼りに再び旧市街に向かう。まずは旧市街の中心にある大聖堂。ここは中まで入って見学した。

大聖堂とその手前の鐘楼


大聖堂の中


足の赴くまま旧市街を歩く。タリンやリガと同様、石畳の通りが続くが、規模はタリンやリガより大きい。

ビリニュスの旧市街を歩く

目に付くのは黄色とブルーのウクライナの国旗だ。タリンやリガでも見かけたかもしれないが(記憶が確かでない)、これほど多くはなかった。

リトアニアとウクライナの国旗

ウクライナ支援

市庁舎広場で楽団の演奏にしばらく足をとめ、さらに歩いて「夜明けの門(Gate of Dawn
)」に達する。これは元来9つあった城壁門のうち唯一現存する門だ。

楽団の演奏

夜明けの門

夜明けの門の近くにはハレス市場がある。この屋内市場はビリニュス最古の市場だ。だが、すでに6時を過ぎていたため、店じまいがはじまっていた。別の日にまた訪れよう。

ハレス市場の隣にあるスーパーに立ち寄り今日の夕食を買い込む。

スーパーを出たところで、"Japanese?"と呼びかけられた。60がらみの男性だ。男性は近くの建物のガラス窓を指差し、「あの窓のフレームはメタルでできている」と説明する。男性の説明は続くが、英語がどうも聞き取りにくい。ポーランド人ということはわかった。

そこで思わずロシア語で「ロシア語はしゃべりますか」と尋ねてみた。「まったく問題ない」とのこと。それからロシア語での説明が始まる。私のロシア語の力では固有名くらいしかわからない。ロシア語は重要な言語で忌み嫌うのは間違いだ、アルメニアやウズベキスタンにも行ったことがある、Fujiのカメラを持っていることなどを断片的に聞き取った。

男性と握手して別れ、ホテルへの帰路についた。途中、Cat cafeを見かける。かなり凝った大道芸にも遭遇した。興味深かったが、最後までは見なかった。

凝った大道芸

明日の天気予報は晴れ。英語ガイド付きのビリニュス・ウォーキング・ツアーをオンラインで申し込んでおく。

2025年8月1日金曜日

バルト3国+ヘルシンキ 九日目(ビリニュスへ)

 7月10日

8時に朝食をとる。このホテルの朝食もすばらしかった。あまり大きなホテルでないにもかかわらず、メニューは多彩で、結構凝ったデザートまで用意されていた。

朝食のデザート

今日はリトアニアのビリニュスへ移動する日。バスのチケットはオンラインで予約済み。11時10分にリガを発ち、15時45分にビリニュスに着くバスで、料金は3119円。

9時40分にホテルをチェックアウトし、歩いてバス・ターミナルへ向かう。バスは定刻通りに出発した。リトアニアに入ったころから雨が降り出してきた。

ビリニュスには予定より少し早く着いた。まずSimカードを買いたい。バス・ターミナル内のキオスクやスマホ店をあたるが売っていない。2階のスーパーマーケットでやっと2GBのSimカードを2ユーロで入手できた。スマホへのカードの挿入や設定はあとにして、ともかく予約してあるホテルまで急ごう。

ホテルはHoliday Innを3泊予約していた。3泊で353ユーロ。もちろん朝食付き。円安のなか1泊2万円ほどになる。高額だが、ヘルシンキのホテル(1泊26000円)ほどではない。

バス・ターミナルからHoliday Innまでは歩けば30分以上かかる。雨は止みそうにない。雨脚はむしろ強くなっている。ネットにつながっていないからBoltタクシーは使えない。

通常のタクシーで行くしかない。渋滞気味ということもあり、タクシーでも結構な時間がかかった。チップを含めて35ユーロを支払う。

Holiday Inn


Holiday Innは中級ホテルといったところだが、私にとっては高級だ。バスタブがあるのがうれしい。

部屋で一休みしてから、7時ごろに外に出る。朝食をとってから何も食べていないから、おなかがすいている。小雨ではあるが、雨はまだ続いている。

Holiday Innは旧市街から少し離れた場所(旧市街まで歩いて7、8分)に位置している。レストランやショップが密集しているエリアではない。

しばらくうろついて、やっと見つけたのが香港飯店。中に入り、エビ入りのEgg fried riceとビールを注文する。Fried riceは想定していた炒飯とは異なり、あまりおいしくない。ひとりいたウェイトレスはリトアニア人の女性だし、厨房の中も中国人ではないのかもしれない。料金は10ユーロ。

香港飯店(後日撮影)

Egg fried rice with shrimpとビール

ホテルに戻ってから、Simカードをスマホに挿入しactivate(有効化)する作業にとりかかる。これまでの国とは異なり、リトアニアではSimカードの使用に際して本人確認が必要になる。本人確認はオンラインでも可能。通信会社(Telia)のサイトにアクセスし、身分証明書(私の場合はパスポート)の写真と本人の顔写真を送信すればよい。

なんとか送信を完了し、スマホの画面には「Successful」と表示される。しかしネットにはつながらない(Holiday InnのWifiをオフにするとネットにつながらない)。明日Teliaのストアまで出向く必要があるようだ。

2025年7月31日木曜日

バルト3国+ヘルシンキ2025 八日目(リガ最終日)

 7月9日

リガ最終日に予約していたのは大聖堂のすぐ近くにある4つ星のHotel Gutenbergs。1泊102ユーロだから、Hotel Justus(2泊で147ユーロ)よりかなり高い。

Hotel Gutenbergs


室内

Hotel Justusを11時過ぎにチェックアウトし、歩いて5分ほどのHotel Gutenbergsに直行する。幸いにアーリー・チェックインが可能だったので、部屋に入って少し休む。

ホテルを出て、運河まで歩く。目的は遊覧船による運河クルーズだ。20ドル払い、しばらく待ってから、7、8人の乗客を乗せた遊覧船が出発する。スピーカーからは英語でのガイダンスが流れる。

船は運河から川へ入り、海を垣間見て、50分ほどで再び運河に帰ってきた。

運河クルーズ


川へ出る

昨日のTourist Carとは異なり、歩いては見ることができない光景を目にしたわけだが、20ドルという価格に値するかどうかは微妙なところだ。

運河の近くにある自由記念碑(ラトビアの独立を記念して1935年に建造された塔)を写真に収め、新市街のほうへ行こうとしたのが、方向を完全に間違え、中央市場に向かって歩いていた。

自由記念碑

もともと方向感覚がないうえ、今日の朝からモバイルでネットに接続できなくなり(おそらくヘルシンキで買ったSimカードの容量を使い切ったためだろう)、グーグル・マップを使えないのが痛かった。

しかし中央市場に向かう途中に大きなショッピング・モールを見つけたのは幸いだった。このモールの中にLidoというセルフ・サービスのレストランがある。ここでかなり遅め(午後4時過ぎ)の昼食をとった。ポーク、肉じゃが(もどき)、カボチャのパイ、コーラで併せて10ユーロちょっと。安くはないが、これぐらいならaffordableだ。

Lidoで遅めの昼食

Lidoの店内(4時という時間帯にもかかわらず結構混んでいた)

食事後、旧市街をこれといった目的もなく散策してから、リガ大聖堂のすぐ近くのホテルに戻った。

モーバイル通信が不可という状況は厳しい。しかし明日はリトアニアのビリニュスに移動する。Simカードを買うならリトアニアに着いてからのほうがいいかもしれない。念のために、ホテルの受付の女性に「ラトビアでもリトアニアで使用できるSimカードを入手できないだろうか」と尋ねてみた。女性は電話を使っていろいろ探ってみてくれた。購入できないこともないらしいが、ちょっと面倒な様子だったので、Simカードの購入は明日に延ばした。

今から考えると、Simカードは必ずしも必要ではなかった。モバイル通信が必要なのは歩いているときだけ、グーグル・マップのためだけだ。予約や検索はホテルやレストランのWifiを利用すればOK。グーグル・マップがなくても、オフラインで使用できるMaps.meなどのアプリがある(実際、バルト3国のデータはMaps.meにダウンロード済みだった)。グーグル・マップそのものも、あらじめデータをダウンロードしておけばオフラインで使用できる。このことに気がついたのは帰国後だった。

夕食は昼間にスーパーで購入していた寿司とニシンの酢漬け、コーラで済ませた。

2025年7月30日水曜日

バルト3国+ヘルシンキ2025 七日目(リガ)

7月8日

8時前に 朝食をとる。これまでのホテルと同様、満足できる内容。ニシンの酢漬けを多めに皿に盛ったのもいつものとおり。

朝食


このホテルに留まるのは今日まで。明日はどうするか。選択肢は2つある。ひとつはリガにもう1泊すること。もうひとつは次の国リトアニアのシャウレイに行くこと。シャウレイには「十字架の丘」という観光スポットがあるうえ、リガとビリニュス(リトアニアの首都)のちょうど中間点という便利さもある。

だが、いろいろ動き回るのはおっくうだという怠け心のほうがまさり、このままリガでもう一日を過ごすほうを選んだ。このホテルで延泊するのもよいが、気分を変えるために、すぐ近くの一段格上のホテルをBooking.comを通じて予約しておいた。

これで2日間たっぷりとリガを観光できる。今日は曇天ながら雨は降っていない。まずホテル近くのリガ大聖堂に行く。大聖堂の前の広場(Dome Square)にはTourist Carが数台停まっている。10ユーロ払ってこれに乗り、30分かけて旧市街を回ってみた。これは失敗だった。歩いて回ったほうがよっぽどいい。日本語での説明をイヤホンで聞くこともできるが、まったく頭に入ってこない。

Tourist Car

気を取り直し、昨日外観だけ眺めた中央市場まで歩く。

リガの旧市街を歩く(1)

リガの旧市街を歩く(2)

中央市場は5つのドームとその周りの野外市場からなる。

中央市場(野外の野菜と果物の市場)

スイカ

もちろんちょっとした食堂やカフェもあれば、フードコードもある。

中央市場のフードコード

フードコードでクワス(Kvas)を飲む。20年前にロシアで飲んだことがあるかないか、記憶が曖昧だ。

フードコードは混んでいた。7、8人の大家族と相席になる。私の隣になったおばあさんがロシア語で何か話しかけてくる。よく理解できない。理解できないのも無理はない。「私はユダヤ人だ」と言っていたのだ。「ユダヤ人」なるロシア語の単語を知らない私に理解できるはずがない。おばあさんが「jewish」と言い換えてくれたことでやっと合点がいった。

おばあさんは78歳。ラトビアに生まれたが、1976年に米国に移住したとのこと。おばあさんが「私はトランプを支持する」と言ったことから、政治論議がはじまる。意見は違ったが、終始友好的に話すことができた。「息子は医師、娘は弁護士になった」と自慢するおばあさん。

その息子や孫たちも話しに加わる。息子がラトビアを離れたのは7歳のとき(漠然とした記憶が残っているという)。彼とは移民の問題などについて話した。排外主義の広がりを嘆く私に対し、移民の側でも受け入れ国に溶け込もう(integrate)とする努力が必要と主張する彼。

楽しい時間だった。この一家との対話は今回の旅行のハイライトとなった。

フードコートを出て、すぐ近くのバス・ターミナルに行く。日本人らしい高齢のカップルを見かける。困っている様子なので、つい声をかける。案の定、予約してあるホテルにどう行くか迷っているところだった。スマホでそのホテルの位置を確かめて助言する。バス・ターミナルにほど近い旧市街の入口にあるホテルだが、地下道を通って向こう側に渡る必要があるから、ちょっとやっかいだ。

タリンやヘルシンキ、そしてリガでもときどき団体や個人の日本人旅行者を見かけたが、言葉を交わしたのはこれがはじめてだった。

4時ごろにホテルに戻り、6時に再度外出。続けて街を散策し、「3人兄弟」なる建物を見たあと、旧市街を離れて橋を渡ろうとしたものの、途中であきらめて引き返した。遠すぎる。昨日と同様、スーパー(Rimi)でポテト・サラダやパンを購入して夕食とする。

橋を渡ろうとするが...

2025年7月29日火曜日

バルト3国+ヘルシンキ2025 六日目(リガへ)

 7月7日

7時半に朝食をとる。旧市街にしては安いホテルだが、朝食の内容に不満はない。もちろんニシンの酢漬けも用意されている。

Three Crowns Residentsの朝食


予約しているリガ行きのバスは10時35分にフェリー・ターミナルDを出発する。9時過ぎにホテルをチェックアウトし、ターミナルDまで歩く。バスには3人組の台湾人が乗り合わせており、いい旅の道連れとなった。「日本に行ったことがあるか」と尋ねると、「30回くらい行った」、「毎年行っている」という答えが返ってくる。隣席となった背の高い男性は台中在住の外省人。中国語と台湾語、イーラン(宜蘭)で話されている日本語クレオーレのことなど、かなりつっこんだ話しをした。

この台湾人男性はタリンのゲストハウスで盗難に遭っている。ガラス越しに外から見える部屋に宿泊していたところ、部屋を留守にしていた際にガラスを破られてiphoneとiPadを盗まれたという。治安がいいといわれるタリンでもこうした事態が発生しうる。注意しておけばいいといっても、四六時中そうそう気を張ってばかりはいられない。運が悪かったとしか言いようがない。

台湾の3人組


リガのバス・ターミナルに着いたのは午後4時近く。バス・ターミナルの向かい側にはドーム型の建物がいくつか並んでいる。中央市場だ。

ホテルは予約していなかったが、Booking.comで旧市街にあるBoutique Hotel Justusに目星を付けていた。ヘルシンキで購入したSimカードはローミングをオンにすればここでも有効だった。地下道をくぐって旧市街に入り、Boutique Hotel Justusまで20分余りの距離を歩く。

とりあえず2泊したかったが、1泊分はLuxiaryの部屋しか空いていなく、値段が少し高くなっていた。

他のホテルもあたってみよう。グーグル・マップをたよりに近くのホテルに入る。受付はなく、1階はカフェ・レストランだった。レストランのウェイトレスによると、このホテルはオンラインで予約し、オンラインの指示に従ってチェックインするらしい。

ウェイトレスは親切だった。ホテルを探している私を助け、私のスマホからBooking.comに入力して、別のホテルを紹介してくれた。

だが、いずれも値段が高すぎることから、Boutique Hotel Justusに引き返した。都合よくシングル・ルームのキャンセルが出たらしく、合計147ユーロで朝食付きの2泊を確保できた。

Boutique Hotel Justus


受付の中年の女性にロシア語で「ロシア語をしゃべるか」と尋ねてみた。彼女もロシア人だった。エストニアと同じく、ラトビアのロシア人比率も50%程度らしい。これまたエストニアと同様、ラトビアでもロシア語の学校はすべて閉鎖されているという。受付にはもうひとり男性もいた。彼はラトビア人だが、ロシア語の学校の閉鎖については強く反対していた。

部屋でしばらく休んでから、6時過ぎにホテルに出る。受付のロシア人女性に「このあたりでミネラル・ウォーターを購入できるところはないか」と聞くと、「水はこのホテルでも売っているが、高いから、この店に行くといい」と地図付きでていねいに教えてくれた。

ホテルはリガの観光スポット「ブラックヘッド」(リガ創設800年を記念して1999年に再建された会館)のすぐ近くだ。水を売る店はブラックヘッドの向かいにあった。

ホテルからブラックヘッドへ向かう

水を購入し、小雨が降っているなか、リガの旧市街を探索する。気のせいか、タリンの旧市街より雑然としている印象を持った。しかし雰囲気は似ており、それなりの風情がある。

雨に濡れる旧市街(1)

雨に濡れる旧市街(2)

先ほど水を購入した店はRimi Express。Rimiはタリンでも見かけたチェーンのスーパーで、Rimi Expressはそのコンビニ版といったところか。しばらく歩いていると、ちゃんとしたRimiが見つかった。ここで、夕食用のパンとニシンの酢漬け、マンゴー・ジュースを購入し、ホテルに戻った。

夕食(ちょっと食べ過ぎか)

2025年7月27日日曜日

バルト3国+ヘルシンキ2025 五日目(再びタリンへ)

 7月6日

今日はヘルシンキを離れる日。再びタリンへ戻るか、それとも次の国のラトビアへ向かうか、少し迷った。ヘルシンキからラトビアの首都リガまでのフェリーもあるらしいが、なにぶんにも時間がかかる(18時間との情報もあった)。朝早くフェリーでタリンへ行き、その日のうちにバスでリガへ向かうことは可能だが、早朝からばたばたするのはおっくうだ。

結局、タリンでもう1泊することにし、フェリーを予約した。午後1時半にヘルシンキを出て、3時30分にタリンに着くフェリー。ヘルシンキまで来たときと同じ運行会社の同じフェリーを選択した。

朝起きたとき、腕時計が止まっていることに気がついた。電池が尽きたのだろう。スマホがあるから時間の確認はできるが、ちょっと不便だ。

8時前に朝食を済まし、浴槽につかってのんびりしてから、10時40分にホテルをチョックアウトした(ボックスにカードキーを入れるだけで完了)。

トラムに乗ってターミナル2まで行き、フェリーに乗船。定刻どおりにタリンのターミナルDに到着した。この日の宿はBooking.comで予約していた。前回に泊まったSt. Olaf Hotelにほど近いThree Crowns Residentsというホテル。

多少は土地勘のある場所だから、小雨が降ったり止んだりしている中、徒歩でホテルに向かった。

Three Crowns Residentsは朝食付きで1泊45ユーロ(7500円強)。St. Olaf Hotelより少し安いが、その分だけ部屋が狭く、若干見劣りがする。

Three Crowns Residents


部屋で体を休めてから、6時過ぎに外に出る。雨はあがっている。すでに馴染みの街を少しぶらつく。

旧市街をぶらつく

2日の滞在にもかかわらずまだ口にしていなかったタリン料理を試してみたい。ホテル近くのラエコヤ広場はいくつかのレストランに囲まれている。観光客向けだから値段は高いが、それを承知で、そのうちのひとつに入り、今回の旅行で特に気に入っているニシンの酢漬けとハニー(蜂蜜)ビールを注文した。

料理を持ってきたウェイトレスにロシア語で「ロシア語をしゃべるか」と尋ねた。「しゃべる。ロシア人(ルースカヤ)だから」との返事。

彼女はエストニアの生まれではなく、カザフスタンとの国境近くのシベリア出身とのこと。残念ながらロシア語で会話を続けることができず、だんだん英語になっていく。サンクトペテルブルクの大学へ行った流れで、エストニアに落ち着いたという。

エストニアでのロシア人の比率は40~60%とのこと。先日エストニア人の男性から得た情報と合致する。10~20%という思い込みは私の間違いだった。

「今のエストニアでロシア人として生きるのはどうか」と聞いてみた。「非常に悪い。エストニア人はロシア人を憎んでいる(Very bad. They hate Russians.)」という回答だった。この正直な答えにはちょっと驚いた。彼女によると、エストニアではロシア語の学校が閉鎖され、ロシア語での教育が不可能になっているらしい。

料理とビールの代金は28ユーロ強だった。ウェイトレスにチップを渡すために、クレジット・カードではなく、現金で30ユーロ支払った。ウェイトレスは最後にspirits(蒸留酒)をサービスしてくれた。少量だが強い酒だ。

ニシンと蜂蜜ビール

ロシア人のウェイトレス

サービスのスピリッツ

レストランをあとにしてホテルに帰ったのは9時ごろだったが、外はまだ明るかった。明日はバスでラトビアの首都リガへ向かう。


バルト3国+ヘルシンキ2025 四日目(ヘルシンキ)

 7月5日

朝起きてまずは風呂。浴槽にゆっくりつかってから、7時半ごろに朝食会場へ行く。広い。人も多く、ビュッフェの種類も多彩だ。ところどころ日本人の客もおり、日本語が聞こえる。おそらくツアー客だろう。

朝食(1)


朝食(2)


10時半にホテルを出る。目指すはヘルシンキ大聖堂。ホテルから歩いて行ける距離だ。

工事中の大聖堂の前で、イスラムの旗を振っている一群が目に入る。広場には旗を持った黒づくめの集団。時節柄、ガザに関連する抗議の集会かなと思った。

大聖堂前

大聖堂前の広場

抗議活動ではなかった。彼らはイラク人で、この集会はムハンマドの孫のフセインの殉教を悼む「アシュラ」だった。参加者のひとりから英語のビラを渡されて合点がいった。つまりはイラク人シーア派の集まりだ。アシュラは40年前にイランのテヘランで経験しているが、あのときは11月だった。

大聖堂前には台湾人の団体もいたので、声をかける。台湾人や韓国人の団体に声をかけると、誰か1人か2人日本語をしゃべれる人がいる確率が高い。この日も日本語で返事が返ってきた。

大聖堂から少し行くと野外マーケットがあり、食べ物や土産物を売る露店が並んでいる。食べ物はおいしそうだが、ほとんどが10ユーロ以上で、それなりに値段もはる。

野外マーケット

野外マーケットのすぐ近くに「オールド・マーケット・ホール」という屋内マーケットがある。

オールド・マーケット・ホール

この中のひとつの店でサーモンの小皿とカフェ・ラテを注文した。併せて10ユーロ。店員は東洋人風の中年の女性だった。尋ねると、予想どおりベトナム人。遠く離れたフィンランドで小さいとはいえ店をひとりで切り盛りするのは並大抵ではないだろう。この女性が店主なのか雇われ店員なのかは不明だが、ベトナム人のたくましさを再度確認させられた。2009年にマリの首都バマコで小さなレストランを経営していたベトナム人男性と遭遇したことが思い出される。

サーモンとカフェ・ラテ

オールド・マーケット・ホールを出て、エスプラナーディ公園を歩く。土曜日ということか、公園の入口では舞台が設けられ、バイオリンのデュオが演奏していた。このあたりはヘルシンキの観光の中心らしく、marimekkoの店などもある。marimekkoなるブランドはヘルシンキへ来るまで知らなかった。

エスプラナーディ公園

ヘルシンキの街をあてもなくぶらぶらしてから、中央駅を経て、3時ごろにホテルに戻った。

5時過ぎに再度外へ出る。小雨が降っている。長袖シャツ一枚では少し寒い。酔っ払いが目に付くのは昨日と同じ。あきらかにアル中らしい中年の男性が多いが、少数ながら女性も交じっている。中央駅の裏側まで足をのばしてみた。

夕食はスーパーで買った寿司とビールで済ませた。併せて14.9 ユーロ(2500円ほど)。レストランを避けても出費はかさむ。

寿司とビールで夕食