4月22日
早朝5時にテヘランのホテルからタクシー(200万リアル)でメフラーバード空港に向かう。若干の遅延はあったものの、午前10時前にはシーラーズ空港へ到着した。空港から市内までは地下鉄で行くことができるという。
1時間40分のフライトでも軽食と飲み物が出た
空港から1kmほどまっすぐに歩き、地下鉄の駅に着いた。ガイドブックによると、Rudaki Streetあたりにホテル密集しているらしい。Rudaki Streetとはどのあたりで、どの駅で降りればよいのか。駅の床に座り込んでスマホやガイドブックを覗き込んで調べる。
すると地下鉄の職員らしき男性が2、3人やって来て、「どこへ行きたいのか」と聞く。Rudaki Streetと答えると、「ああそれならXXX駅だ」と私を駅の構内に案内する。「チケットが...」という言う私に対し、そんなことはどうでもいいといわんばかりだった。テヘランに続き、シーラーズでも職員の好意で地下鉄にただ乗りしたわけだ。いかに地下鉄の料金が安いとはいえ、ルールに厳しい日本ではありえないだろう。
Rudaki Street沿いのホテルをいくつかあたってみたが、満室のものもある。結局、Aryo Barzan Hotelに3泊することにした。朝食付きで1泊25ドル。イラン通貨にすれば1000万リアルとのこと。これはかなりドルに不利なレートであり、実勢ベースでは25ドル=1200万リアルといったところだ。リアルで支払うことにした。テヘランの空港で手にした4つの札束のうち3つ(3000万リアル)が消えてしまった。リアルの手持ちも一挙に少なくなった。
大通りにあるPars Touristという旅行会社で明日のペルセポリスのガイドを依頼しておく。8時から4時までのフルツアー(ランチを含む)で、客が私1人だったら35ユーロ、ほかにも客が見つかれば25ユーロという料金だった。とりあえず25ユーロを支払っておく。
大通りには両替を呼びかける男たちがたむろしている。路上で両替しても特に問題はないだろうが、ちゃんとした店舗で両替した。レートは1ドル=490,000リアルだが、私が差し出した旧10ドル札10枚は値引きされ、480,000リアルだった。
通りを歩いていると、中年の男が英語で話しかけてきた。シーラーズの観光スポットに言及し、そのうちの1つであるKoranic School (コーラン学校)に案内すると言う。案内を断っても男は「すぐそこだから」と私の先を歩く。
すぐそこではなかった。キャリーム・ハーン城砦とショハダー広場を抜け、さらにバザールを通過し、20分くらいはかかっただろうか。Koranic Schoolに着くと、「入場のチケットは100トマン(2~3ドル)だ」と男。
「中には入らない」という私に対し、男は突然怒り出し、”You speak too much”、”Go away, poor tourist"と悪態をついて、立ち去ってしまった。私は男の質問に答えていたくらいで、特に多くしゃべったわけではないし、中に入るか入らないかは私の自由だ。そもそも男に案内を頼んだわけではない。男はKoranic Schoolは土曜日しかオープンしていないと言っていたが、どうも嘘くさい。入場料で一儲けするもくろみだったのだろう。この男のおかげで、シーラーズの中心街をひととおり見ることができたので、1~2ドルのチップは与えてもいいと思っていたのだが。
夕方、昼間通過したキャリーム・ハーン城砦とショハダー広場に再び出かけた。シーラーズは人口100万の大きな街だ。夕方の広場は賑わっていた。
夕方の城砦(citadel)
シーラーズを歩く
38年前の記憶から「イランの南部は暑い」という思い込みがあり、シーラーズでは暑さを覚悟していた。だが、シーラーズは標高1500mということもあり、テヘランよりちょっと暑いくらいで、汗をかくほどでもない。気持ちのよい夕暮れの散歩だった。
この日も昼食と夕食は小さな店からの持ち帰りですませた。羊肉のケバブをパンにはさんだ夕食は、はじめてのイランらしい食事だった。
ケバブで夕食
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